張家界探検記(zjj000)
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灰色の部分が湖南省です。

2005年2月9日

 8:30、列車が「張家界駅」へ到着。「軟臥(グリーン寝台)」とあって暖かく、寒さで悩まされるということはなかった。しかし、山岳地帯のためか、列車がひどくゆれた。少々疲れ気味である。しかし、できれば今日のうちに山登りを終わらせてしまいたい。Zは大丈夫だろうか。Zもあまり眠れなかったらしく、「なんだかジェットコースターに乗っているみたいだった」などと言っている。

 列車から降りようとするところで、妙に目を輝かせた一人の男が私たちの車両に近寄ってくるのが見えた。誰か偉い人の出迎えであろうかと想像しながらプラットホームに足を下ろすと、こちらに近寄ってきた。

  こちらがぎょっとしていると、「張家界へようこそ」と礼儀正しく話し掛けてきた。
 だが、観光地でこんなことを言う奴は、ツアーの呼び込み客かガイドの売り込みと相場が決まっている。すかさず手の平を相手の顔に向けて、断りとの意思を示す。観光地でのこうした売り込み攻勢には辟易しており、すでに反射的な動作となっている。それから、「いらないよ」と言葉で伝えるが、それぐらいで止まる売り込みではない。

 改札に歩き出した私たちを、男は執拗に追いかけてくる。横に並んで、「張家界は初めてか?」、「どこから来たのか?」と私の注意を引こうとする。みかねたZが「ガイドは不要だって言っているでしょう。私たちはガイドは必要ないの」と男に伝えるが、そんなことでひるむ相手ではない。「私に悪意はないんですよ」とか言いながら、なおもつきまとう。

  改札を出たところで改めて、私は「俺は本当にガイドはいらないんだよ。絶対にいらない。俺たちのところで時間を使っても無駄だよ。他の客のところに行った方がいいよ。あんなにたくさんいるじゃないか。あっちで商売した方が効率的だって!」と強い調子で男に言った。男は一瞬ひるんだが、それぐらいでは引かないぞという顔をしてみせる。それもそのはず、確かに乗客はたくさんいたが、「軟臥(グリーン寝台車」に乗っていたのは私たちのみ。あとは、硬座か硬臥の料金の安い車両の客ばかりだ。男にしてみれば、軟臥の客は上等なヒレ肉のようなものだろう。そう簡単には離してくれそうもない。

 決意の固そうな私たちを前にして、男は携帯電話をかけ始めた。どうやら仲間を呼んでいるようである。携帯電話を片手に追いすがってくる男をなんとか引き離せないものかと外へ向かって足を速める私たち。

 だいたい、俺たちがいなかったらこいつはどうやって商売するつもりだったのだ硬座か硬臥の中国人客を狙ったのだろうか。だとしたら、彼らはどうやって断るのだろう。罵倒して追っ払うのかな?もっとも、こんなに朝早くからプラットホームで待っていたところを見ると(何でプラットホームに入れるんだ!)、駅か列車の乗務員にコネを持っていて「軟臥」の車両に客がいることをすでに知っていた可能性もある。・・・とにかく、こいつを追い払わなければ。

  そう思いながら、外へ出ると駅のすぐ前がバス・ステーションになっており、他の乗客たちは各々の目的地へと向かうバスに乗り込み始めている。ずいぶんと素早い。ということは、観光客は俺たちだけか。やっかいなことになってきたぞ。さて、どうしたものか。張家界は列車の駅と市中心とがずいぶん離れていて、観光地である「張家界森林公園」はそのさらに先だ。
 スケジュールに余裕があれば、市中心で一泊したあと、「張家界森林公園」に乗り込めばいい。だが、今回はスケジュールが厳しい。深セン発の飛行機が明後日の10時頃となっているからだ。つまり、残るは二泊三日。この間に「張家界森林公園」観光と市内観光の二つを済ませなければならない。市中心と「張家界森林公園」は結構離れているから、先に市内観光をしていたのでは、最終日に「張家界森林公園」から直接空港へ向かう形になり少し危険だ。雪でも降っていた日には時間に間に合わなくなる恐れもある。だから、今日中に「張家界森林公園」観光を済ませ、明日には市中心へ戻ってこなければならない。市中心と空港は近いので、これが一番安全な選択だ。しかし、どうやって「張家界森林公園」へ行くのが一番良いのか。

 私が迷っている間に、ぞろぞろと、三、四人のおじさんやおばさんが集まってきて、「我々が案内するから・・・」、「絶対に後悔はさせない」、「必ず満足のできる旅になる」等の売り文句をしゃべり出した。私たちがバスの間をウロウロしながら、どのバスで行けるのだろう?と考えている間も、ずぅーっとつきまとって離れない。「もう、『張家界森林公園』行きの公共バスはない。バスで行くなら、そっちの観光路線バスで行けば5RMBだ」というので、そちらを見てみると、おんぼろバスが数台ならんでいる。うーん、何だ、あれは。ツアーバスだろうか。ツアーバスでなかったとしても、こいつら悪徳商人集団がつきまとってくることは間違いなさそうだ。

 Zがたまりかねて、駅前の交番に駆け込み、『張家界森林公園』行きの公共バスはないのかと尋ねると、「直通バスはない。市内で乗り換えなければ駄目です。何で観光路線バスを利用しないのか」と丁寧な答えが返ってきただけであった。その間も、悪徳商人集団は我々の周囲から離れない。
 市内で乗り換えるのは時間がもったいない。といって、観光路線バスではどこに立ち寄るかわからないし、何よりもこいつらの売り込みから離れられそうもない。仕方がない。ちょっと無駄になるがタクシーだ。ガイドブックによれば1時間ぐらいの距離らしいから、そんなに高くはないだろう。

 そう考えて、料金を尋ねてみると、「メーターよ」と女性の運転手が答えた。「だいたいいくらなんだ」と尋ねると、「100RMB」だという。私はいい加減疲れていたのでもうそれでもいいかなと思ったが、Zが「そんなわけないでしょ」と言って、次のタクシーに向かって駆け出し始めた。運転手が慌ててドアを降り、「80RMB、80RMB、これが一番安い料金よ」とZを押しとどめる。Zはまだ納得しないという顔をしている。中国人のバイタリティはすごい。しかし、私の方は、昨日からの強行軍でいささかバテ気味。もういいよ、とZに伝えてそのタクシーに乗ることに決めた。

【張家界駅】

  市内を抜け、タクシーは山地に入っていった。昨日、雪が振ったらしく、道路はいつのまにか真っ白。しばらくすると、運転手の女性が「『張家界森林公園』に行くんでしょ。ガイドはいらないの?」と声をかけてきた。「いらない。私たちはガイドとかツアーは嫌いなの。アレコレ指示されるのは嫌いだから」とZがすかさず答える。私の感覚としては、相手がガイドをやる(または紹介してやる)と言っているのだから、「ガイドは嫌い」と答えるのは、ちょっと厳しすぎるのじゃないかと思うのだが、Zにとっては当たり前のようだ。もっとも中国人相手の場合は、これぐらい言わないと拒否の意思表示にならないという面もあるかもしれない。いずれにせよ、ズケズケ言うのは、こちらではけっこう当たり前のようだ。

 考えてみれば、深セン市内から私の住んでいる街へ移動するときもそうである。いつも乗る前に料金交渉をすませるのだが、60−70%ぐらいのタクシーの運ちゃんは、その後、値上げ交渉をしかけてくる。「高速料金がどうのこうの・・・」とだ。もちろん、高速料金込みで話をつけてあるのだが、そんなことはおかまいなしだ。ひどいときには道がよくわからなかった、そんなに遠いとは思わなかったとか言い出す場合もある。
 以前、私一人でタクシーに乗っていた場合には、こうしたことを防止するために、乗車するとすぐに、「もう値上げ交渉はするなよ。疲れるから。全部含めて○○○RMBだからな。もしも、再交渉するつもりなら、今すぐ降りる」と言うことにしていた。全部の運転手が再交渉をしかけてくるわけではないので、一部の運転手にはあらぬ疑いをかけていることになるが、やむえない。たまに言うのを忘れたりすると、やはり値上げ交渉されるので、このやり方でいいのだと思っている。
  ところが、Zのやり方は違う。もちろん、Zは私と知り合う前は、あまりタクシーに長距離乗るということがなかったので、最初は私と同じように値上げ交渉を言われ、それに対して反論したりしていた。(私も中国人のやり方があるのだろうと、黙っていた)。何度か、高速料金の話もせずに、安い価格を引き出し、値上げ交渉にあって途中で降りたこともある。
 さすがに見かねて、私の方法を提案したところ、基本的には同じようにやるようになっていったのだが、時々違うことをやる。それは、そのタクシーがボロイときだ。深セン市内のタクシーだから、ボロボロというほどのタクシーはないのだが、シートが少し汚れていたり、少し狭かったり、背もたれに頭の部分がついてなかったりすると、一個、一個指摘するだ。
 最初はたまたま機嫌が悪いのかなと思っていたが、何度もやるので、ようやく意図的もしくは習慣的なものであることがわかった。つまり、弱点を徹底的に攻撃するのだ。それが、運転手による値上げ再交渉防止につながるようである。私が黙ってみていれば、運転手に対して、さりげなく値下げ再交渉に入ろうとしているから驚きだ。そんなギリギリの交渉をして途中で降ろされてはかなわないから、いつも途中でやめさせているのだが、いつ運転手が怒り出すかとハラハラし通しである。
  つまり、Zの場合、単純な防止行為は最善の策ではなく、「攻撃は最大の防御である」という方針(本能?)なのだ。というか、攻撃さえしていれば、防御なんていらないんだよ、といった感じが見受けられる。私にしてみれば、ずいぶん乱暴なやり方だなぁと思うのだが、効果的という点では、Zのやり方が妥当であることが少なくない。Zと私のやり方をうまく融合させた策はないかなと思うが、「この車は狭い」とか、「汚い」とか、運転手に面と向かって言うのは日本人にはなかなかできることじゃないので、ちょっと難しいかなぁ。

  さて、Zに「ガイドは嫌い」と宣言されて、しばらくは黙り込んだ女性の運転手であったが、簡単に引き下がるたまではなかった。しばらくすると、「数日前に韓国人ののガイドをやったのよ」と話始める。Zが「韓国人じゃ、ガイドをやるって言っても言葉がわからないんじゃないの?」と突っ込むと、「そうよ、言葉はわからないけど、子供を連れていたので、子供の面倒をみたり、荷物を運んであげたりしたのよ。それに『張家界森林公園』では道に迷いやすいから道案内がないと大変なことになるでしょ」と逆にガイドの必要性をアピールされてしまった。
 「道に迷う」と聞いては、私も若干不安になる。だが、「張家界森林公園」は相当整備された観光地だとガイドブックに書いてあった。標識もきちんとあるはずだ。そう自分をはげまして、グラリと揺れた心を立て直した。
 ついでのことと思って、「山の頂上付近まで、ロープウェイで上れるって聞いているけど、今日は動いているのかな」と聞いてみた。すると、「『環保車』が動いていれば、ロープウェイも動いていると思うけど、今日はこんな雪だし、絶対止まっているわ。ロープウェイは乗れないでしょ。でも歩いて行けるから大丈夫よ」という。「『環保車』って何?」と聞いてみるが、説明を聞いてもよくわからない。「でも、ロープウェイがとまってたんじゃ大変だろう」と言うと、「そうよ。何時間も歩かなけりゃならないからねぇ」ときた。続いて、「ガイドは本当にいらないの?」と質問してくる。
 (うーん、うーん。でもね。ガイドつきじゃ、うるさくてかなわないんだよ)。それに、確かにガイドつきの場合、安全性という点では間違いないが、あっちは言っても無駄、こっちは危ないとか言われて、行きたいと感じたところに行けず、欲求不満に陥りがちだ。特に悪質なガイドでなくとも、何かと彼らに都合のよい選択をしがちなので、納得のいかない結果になることが多い。ここは断固拒否だ。「絶対いらない」と答えて運転手を黙らせる。

  「張家界森林公園」付近にある「琵琶渓賓館」というホテルに到着。Zが乗車料金として、88.8RMBを払う。新年(旧正月)の初日なので、縁起かつぎにこの金額にして渡すのだそうだ。さっきから小銭でごそごそやっていたのはこのためか。運転手も喜んで受け取っている。
 「琵琶渓賓館」は、「地球の歩き方」で調べておいたホテルで、運転手によると、「張家界森林公園」の地域では一番高いホテルだという。最低でも、400−500RMBはすると聞いて気後れしたが、とにかく中に入ってみることにした。だが、ロッジ風の建物が立ち並ぶ中、どこで宿泊手続きをするのかがわからない。しかも、道路からやたら遠い。普段の日であればどうということもないのだろうが、何しろ、下は雪だらけで、少し溶けかけていることもあって、極めて歩きにくい。嫌気が差して、別のホテルへ行くことにした。

 「張家界森林公園」の入り口の方角へ向かって進むうちに、両脇にあるホテルのうちでは、一番新しいであろうと思われるホテルが現れた。さっそく入ってみる。部屋の下見をさせてもらうと、内部はかなり綺麗だ。ところが、料金を聞いてみると、一泊345RMB。すごく高い。値段交渉をしてみたが、すでに割引をしてあり、これ以上安くならないとのこと。今思うと、もう少し値段交渉をする余地があったのではないかと思われるが、そのときは寒さも手伝って、どこでもいいからゆっくりしたい気持ちになっており、結局ホテル側が提示した料金を受け入れてしまった。

 荷物を部屋において、ホテルの食堂で軽く麺を食べる。具なしの素麺が10RMB/人もしたので、Zがブーブーと文句をいう。「まぁまぁ、ホテルなんだから仕方がないだろう」と私が懸命になだめる。Zは、あれが高い、これは安いと経済観念は比較的しっかりしていて、助かると思う面もある。しかし、時に文句が多すぎて、支払っている私が責められているような気分にさせられてしまうのは困りものだ。

  ホテルを出て、「張家界森林公園」へ向かう。

【張家界<1>】

 「張家界森林公園」に向かう道は一直線。たどり着く前から、そのすごい風景に圧倒される。岩だか山だかわからないが、こんなところに来るのは初めてだ。

【張家界<2>】

 

 雪で滑る道路に足をとられながらも、なんとか前に進もうと奮闘していると、前方から雪ワラジをぶらさげたオバチャンがやってきた。一組5RMBで売るという。「でも、それ他の人が使ったやつで、新品じゃないでしょ。それを5RMBとは高くないか」と疑問を投げかけると、「冗談じゃないわ。新品じゃないから、5RMBで売るのよ。『(張家界森林)公園』に入ってから買って御覧なさい。10RMBとか15RMB出さないと買えないわよ」と反論された。うーん、確かに困ってからでは、どんな値段をつけられても文句は言えない。というか、すでに困っている。仕方がないのでお金を払うと、懸命になって私たち二人に履かせてくれた。ワラジを売って気をよくしたオバチャンは続いて「張家界森林公園」の写真集を取り出した。「これもいらないか」と熱心に勧めてくる。「いらない、いらない」と手を振って前進。

【張家界<3>- 雪わらじ -】

 

 雪ワラジのおかげで、先ほどまでの歩行困難が嘘のようである。トコトコと前に進む。しばらく歩くと、またもや地元のオバチャン軍団。雪ワラジを売りつける来る。「もう買ったよ」と断ると、今度は「ガイドはいらないか」ときた。それも断って前に進もうとすると、オジサンが出てきて、杖を買えと身振りで進める。一本2RMBだという。うーん、杖ねぇ、いるのかなぁと思ったが、とりあえず買うことにした。二人分で4RMBだ。細かいお金がなかったので、5RMBを払おうとすると、オジサンが懸命に首を振る。お釣りがないらしい。「1RMBないの。だったら買うのをやめるよ」と言っても、首を振るばかり。ハテ?と首をかしげていると、周りのオバチャンたちが、「その人、耳が聞こえないのよ。いいじゃない、たったの1RMBぐらいあげてしまえば」と助け舟をよこす。「何言ってんだ。たったの・・・」と言い返そうとしたところで、Zが先に「何言ってんのよ。たったの1RMBだと思うなら、貴方たちが払いなさいよ」と物凄い剣幕でまくし立て始めた。それが聞こえたのか、迫力で判断したのだろうか、オジサンが1RMBを差し出してきて、商談成立。Zよ、偉いぞ!でも、お前も、オバチャンたちと同じようなことを俺に向かって言うことがあるのだが、それには気づいてくれているか。そう心の中で訴える私であった。

【張家界<4>- 杖 】-

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  11:10、「張家界森林公園」に入場(160RMB/枚)。ICカードのチケットを渡され、さらに指紋登録までする。このチケットは二日間有効らしい。新聞でチケットの値上げが論じられていたので200RMBを超えるのではないかと恐れていたが、杞憂であった。しかし、問題はロープウェイが動いているかどうか。歩いて登るのはとても無理だろうから、チケットが無駄になりかねない。

 入場の改札を抜けたあとは、よく整備された舗装道路が続き、そこを足元に気をつけながらゆっくりと歩いていく。この寒さにもかかわらず、観光客は多い。Zによると、ほとんど韓国人だそうだ。

 十数分歩いたところで、バスの停留所に到着。「環保車」と書かれた真新しいバスが停車しており、そこに数十人の列ができている。様子からすると、私たち以外は皆ツアー客のようだ。そうすると、このバスはどこへ行くバスなのか。バス停の管理スタッフらしき人がいたので、思い切って声をかけてみる。「このバスはどこに行くんだい」。「『索道』までだよ」。「『索道』って、ロープウェイのことか?」。「そうだ」。「ロープウェイは、今日は、動いているのか?」。「動いているよ」。やった。ロープウェイさえ動いていれば問題ない。とにかく上まで行けるのだ。Zが横から「このバスは無料なんでしょ」とすかさず質問。「あぁ」とスタッフの返事がある。

 バスは瞬く間に、最初の団体を吸い込み、私たちは次のバスに乗車。5分ほどで、ロープウェイ乗り場に到着した。しかし、このバスがなぜ「環保車」と呼ばれるのか?電気で走っているというわけでもなさそうだが・・・。

 11:30、ロープウェイのチケット購入。往復86RMB/人である。入場料と合わせると、250RMBを超えている。めちゃくちゃ高い。今、ここからさらに料金があがるという話があるのだから、恐ろしい。中国の沿岸部では、給与水準もあがり2000-3000RMB/月も当たり前となってきたが、内陸では200−300RMB/月という人たちがたくさんいる。そうすると、一ヶ月の給料を全て差し出さなければ、「張家界森林公園」の観光はできないのだ。すごい世界だ。

 10分ほど列に並んでゴンドラへの乗車を待つ。ゴンドラは真新しく、かなり安心。一台で10ぐらい乗れるであろうゴンドラが3台一組となっており、上りと下り合計二組で交互に走っている(飛んでいる?)。

   発進!大型のゴンドラなので、全然怖くない。・・・、と思ったら、大間違い。ほとんど垂直に上がっていくよ、このゴンドラは。窓の外の風景は、まさに「張家界」だ。今まで登った「廬山」、「三清山」、「丹霞山」の三つの山とは、明らかに異なる。圧倒的な迫力で迫ってくる。ゴンドラのはるか下には、延々と階段が続いており、歩いても登れるようになっているが、「本当に登る人がいるのか?」というぐらい長い。以前はロープウェイがなかったのだから、階段でいくしかなかったのだろうけれども、ちょっと信じがたいぐらい長い。私だったら、間違いなく途中で力尽きることだろう。

【張家界<5>- ロープウェイのゴンドラ -】

 

  ゴンドラが終点に到着。建物の外に出てびっくり。一面、雪である。「何もかもが、雪に覆われている」。そんな表現がぴったりの風景である。Zは大喜び。他の観光客もはしゃぎ回って、中には雪合戦をはじめているのもいる。

 これだけ客がいれば、道に迷うこともないだろう。安心して、歩き出す。

【張家界<6>】

 

 「張家界森林公園」の道は、「地球の歩き方」にあった通り、よく整備されていて安心して歩ける。傾斜もきつくないので、雪で足元が埋まっているにもかかわらず、楽に歩ける。今日は、Zも私と同様厚着をしているので、寒さに震えることもない。私よりも元気に前を進んでいき、あちこちで、「写真とって、写真とって」とせがむ。同じような雪景色の中で何度も写真をとっても仕方がないと思うのだが、本人は大真面目である。どうやら、この綺麗な雪景色と一緒になることで、もっと美しくなれると考えているようだ。女の気持ちは私にはわからない。

【張家界<7>】

 

 だが、Zがそう感じるのも不思議はないのかもしれない。この森林の雪景色は確かに綺麗だ。私も日本では、雪景色は見慣れているはずなのだが、この「張家界」の雪景色は今まで見たことのある風景とは違う。中国だからなのか、山林の中だからなのか。 

【張家界<8>】

 

 幻想的な風景の中を黙々と進む。葉っぱが、卵のような形に折りたたまれている樹木があったりするのも印象的だ。

 地面も樹木も雪で覆われているが、積もっているのは数日前に降った雪だ。だが、周囲に深い霧があるので、「張家界」を代表する奇岩の山の数々は全く見えない。、「黄石寨に上らなければ、張家界に来たことにはならない」と言われる「黄石寨」まで来たが、ここでも霧に阻まれ、景色はみれず。残念。

【張家界<9>】

 

【張家界<10>】

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【張家界<11>】

 

【張家界<12>】

 

【張家界<13>】

 

 その分、雪景色を楽しもうとどんどん進む。気がつくと、さきほどまでたくさんいたツアー客が誰一人見当たらなくなり、ちょっと道に迷ったような感じだ。そういえば、私たちの行く雪道の前方に足跡がない。

 Zが「ねぇ、もとの道に戻ろうよ」と情けない声を出す。(何をおっしゃるZさん、幽霊屋敷に迷い込んだような事をおっしゃるな)と考えつつ、「ほら、ほら、まだ昼間だから大丈夫だよ。地図で見た限りではそんなに広くないしさ」となだめながら、さらに進む。

 だが、行けども、行けども、人影一つない。霧もどんどん濃くなっていくような、空気すらどんどん薄くなっていくような気がする。

【張家界<14>】

 

 気がつくと、Zは10メートルぐらい後ろを歩いている。さっきまでは私を引っ張るようにして前方を歩いていたのに、感情がモロに行動に出る奴だなぁ。 「ホラ、写真とってやるから、そこに立ちな」と所々で餌を与えながら、先へ進む。だが、さすがに私も不安になってきた。 

【張家界<15>】

 

 ちょうどその時、前方から二人の男が歩いてきた。青いお揃いの防寒着を着て、「安全・・・」という名札をぶら下げている。おおっ、ちゃんと見回りの人がいるのか。さすが「張家界」。「ロープウェーに行くには、このまままっすぐ進めばいいのかい?」と尋ねると、「そうだ」と答えが返ってきた。ふぅ、これで一安心だ。さあ、まっすぐ行くぞ。あれっ、Zは?あっ、前にいる。なんと言う奴だ。道があっているとわかったとたんに前方か。本当にわかりやすい奴だ。

 だが、「張家界」は甘くなかった。しばらく行ったところで、道が二つに分かれていたのだ。さあ、どっちへ行くべきか。・・・というか、私の心は決まっていた。左だ。左周りに回ってきたのだ。グルリと回って、もとの場所に戻るようになっているに違いない。Zは、右を主張。右への道は下に向かっている。うーん、これは難しいぞ。でも、これは左だよ、左!。右はないだろう。

 「絶対にこっちだ!」。そう言い切って、左へ進む。Zは、またもや私の後方へじりじりと下がっていく。一緒の道をいくのだから、後ろへ下がっても意味がないと思うのだが、意思表示をせずにはいられないのだろうか。

【張家界<16>】

 

 だが、私の決断もなんとなくであり、不安がつのる。左周りで更に高みへ登るハメになるということも考えられないではないからだ。考えてみれば、前回の旅先である韶関市の「丹霞山」では、私の決断によって、私たち一行(といっても二人だが)は見事に「行き止まり」の山頂へ迷い込んでしまったのだ。今回は、あの時と違って雪の中である。一歩間違えば凍死だ。うーん、弱ったなぁ。私が大丈夫でも、Zがアウトになればお終いだ。戻ったほうがいいか?なんだが、どんどん空気が冷たくなっていくぞ〜。でも、まだ時間は早いし。もうちょっと行ってみよう。

【張家界<17>】

 

 不安が最高潮に達し始めたとき、休憩所を発見。休憩所といっても、四つの柱に屋根をとりつけただけで壁もないので、この雪の中では全く役に立たない。それでも、ここに休憩所があるということが重要だ(多分)。

【張家界<18>】

 

 「さあ、これでもう大丈夫だ!」。Zをはげましつつ前進。途中、階段を少し下りたところに、観光地点があるのが見えため、「ちょっと降りてみよう」とZの制止を聞かず、杖をつきながら滑る階段に足を伸ばした。ここで私がスッテーンとはでに転んだ。お尻から見事に滑っていく。手すりの外は崖である。手すりの間をすり抜けて落ちたら一巻の終わり。慌てて、全身で階段にへばりつく。拍子に、杖を取り落とし、杖だけが手すりの外へ抜け出てっていた。おー、危なかった。這うようにして上へあがる。Zが「大丈夫?だから、やめなさいっていったじゃないの」と声をかけてくる。「うーん、確かに危なかった。杖を落としちゃったよ」。「ほんとだ。とってくる?」。「いや、いいよ危ないから」。危機一髪であった。休憩所をみて、油断したのだろうか。反省しながら、先へ急いだ。

【張家界<19>】

 

 1:30、ようやくロープウェイの近くまで戻ってきた。どっと体の力が抜ける。「いやー、良かったねぇ。戻れて・・・」と二人で喜びを分かち合う。時間もそんなに遅くない。無事に戻れてよかった。何よりも張家界の雪景色なんてそうそう見れるものではない。張家界の奇観は少ししか楽しめなかったが、代わりに貴重な雪景色を味わうことができた。次は夏の張家界にも来てみたいなぁ。

 ロープウェイまで十数メートルほどのところに土産物屋があり、ここで雪わらじを売っているのに気づいた。数人の客がわらじを懸命に履いている。下で買わずに来て、ここで慌てて購入しているわけだ。この雪じゃ、さすがにワラジなしじゃ大変だよなぁ。そう考えながら、通り過ぎようとしたところで、ワラジの値段のことを思い出した。あのオバアチャン、山の上では、10−15RMBとか言っていたな。ちょっと確認してみよう。
 「ちょっと尋ねたいんだけど、このワラジいくら?」。
 「5RMBよ」。
 同じだよ。下と。しかも私たちのは他人の使い古し。無事帰ってこれたからいいけどね。

 ロープウェイのゴンドラに乗車。自由に歩き回ってきたため、他の観光客とは時間のズレが生じたのか、ゴンドラはガラガラ。大きなゴンドラに二人だけで乗った。Zもさすがに疲れた顔をしているが、雪景色を堪能したからだろう、かなり満足げだ。ゴンドラを包む霧は一層濃くなっており、目の前の崖以外は何もみえない。

 1:45、ゴンドラを降り、「環保車」に乗って、ゲートまで行く。この「環保車」に乗らず、ゲートから歩いてロープウェイのところへ向かうツアー団体もあるようだ。まさか、ロープウェイにも乗らず、上までいく気だろうか。

 ゲートを抜けて、テクテクと戻る。途中、物売りがやってきて、Zに次々に物を売りつける。「いらない」。「いらないったら」。「ああ、もう最悪」。「いらないっていってるでしょ」。「まったく憎らしいったらありゃしない」。延々と断り文句と独り言を繰り返しながら、歩き続ける。不思議なことに私のところにはほとんど来ない。女客のほうが財布の締りが甘いという経験則でもあるのだろうか。

【張家界<20>】

 

2:10、道路脇の食堂街で食事をすることにした。
 数軒の食堂が一列に並んでいたが、なぜか入り口近くの一軒だけが客でいっぱいになっていた。やむなく、隣の食堂に入ってメニューを手にすると、どの品もすごく高い。明らかに観光客向けのぼったくり価格だ。「なんで、こんな食堂でただの炒め物が50RMBも60RMBもするのよ」とZが店員を攻め立てる。「ただの白菜よ。白菜がこんなに高いわけないでしょ!」と内容がいやにリアルだ。あんまり大騒ぎするから、私が逆になだめにまわる始末。「まぁ、観光地だからしょうがないよ。適当に二品ぐらい頼んで、食事しようよ」。
 結局、少し値切って、簡単に食事を済ませた。味は悪くなかったが、このあと、しばらくお腹の具合が悪くなった。

 2:50、ホテル着。雪の中の行軍で心身ともに疲れたのだろう。二人とも、ベッドで眠りにつく。8:00頃、あまりにも部屋が寒いことに気づいた。エアコンは回っているのだが、暖気が弱く、ほとんど役に立っていない。私一人だったら、きっと我慢しただろうが、今回はZがいる。Zは「我慢できないわ」と叫んで、フロントに電話をして、エアコンの修理を要請した。
 修理工らしき男がすぐにやってきたが、すぐには直らないと結論を下したらしく、フロントに電話をし、結局部屋の変更となった。

 8:50、ホテル内のレストランで食事。
 今日の客は私たちしかいないようで、レストランの中は空っぽ。ウェイトレスと数人のコックがウロウロしているだけだ。
 スープと料理のセットで78RMBですよとウェイトレスが言うので、「二人で?」と問うと、一人分ですと返事が返ってきた。こんな山奥で、何で深センより高いんだ。いや、山奥だから高いのか。そう思いながら、あきらめて、じゃあ「セットで・・・」と言いかけると、Zが「駄目よ。たいした料理じゃないんだから、単品で安いのを頼みましょうよ」と私を止めるので、野菜炒めを二点とスープを一つ頼んで、簡単に食事を終えた(合計94RMB)。

 再び部屋に戻ってベッドに横になる。さっきの部屋よりだいぶ暖かいがそれでも暖房の効きは十分ではない。体を温めようと、バスにお湯を貯めるが、このホテルの給湯は電気式であった。バスをお湯でいっぱいにするのが精一杯で、お湯が冷めても、継ぎ足しのお湯が間に合わない。早々に引き上げて、ベッドに戻る。
 しばらくして、Zもバスへ。ホテルでの時間をかけた入浴はZの最大の楽しみ。だが、この電気式の給湯では、その楽しみが味わえない。案の定、不満で顔をいっぱいにして、「このホテルは最悪よ!」といいながら、ベッドへ戻ってきた。それから、布団が汚いとか、食事が高かったとかケチをつけ始める。いったん機嫌が悪くなると、文句がとまらないのが、Zの性格だ。あんまりケチをつけられると、ホテルを選んだ私まで責められているようで、不愉快な気分になるが、それは我慢し、Zをなだめて眠りにつく。明日は、市内だし、最後だから少しいいホテルをとろう・・・。

2005年2月10日

 とうとう2月10日だ。明日は朝一番に飛行機で発つ予定だから、今日が観光ができる最後の日となる。しかし、このホテルの部屋は本当に寒かった。部屋を換えてから少しマシになったというものの、やはり寒く、広東省で外にいるよりも、このホテルで部屋の中にいる方が寒いと言っても良いほどであった。
 
 二人で「寒い、寒い」と言いながら、着替えをする。とにかく、エアコンのパワーが弱すぎるのだ。エアコンの前まで行って、手をかざすとそれなりに温風が吹き込んでくるのだが、ガラス窓を通してやってくる冷気を押しとどめるだけの馬力がないというわけだ。

  カーテンを開け、外をみると、新しい雪が地面を覆っている。どうやら、昨晩、雪が降ったらしい。昨日のうちに山に登っておいて良かった。今日だったら、ロープウェイが動かなかったかもしれない。

 昨日山登りのときに使った雪わらじを履いて、部屋の外へ出る。ロビーのカウンターでチェックアウト。一泊345RMB。見た目は悪くなかったが、恐ろしく機能性に欠けていたこのホテル。こんなホテルに345RMBも払ったと思うと、ちょっと悔しい。エアコンは効かないし、バスのお湯は電気式で使い勝手が悪かった。ただし、部屋の内装やユニットバス自体はそれなりに綺麗だったから、夏に来たのであればそれなりに満足がいったかもしれない。周辺には100RMB代のホテルがたくさんあるようだが、それらのホテルはどんな設備なのだろう。安いホテルの方がセントラルヒーティングや蒸気暖房が効いて暖かかったりしたら、大ショックだ。でも、今となっては、確かめるすべもない。

【張家界<21>】

 

 部屋の中からではわからなかったが、雪はまだやんでいなかった。小さな雪のかけらがゆっくりと絶え間なく地面の上に舞い降りている。ホテルは最悪だったが、それでも「張家界」の美しさを損なうほどでない。山の方角を眺め、改めて、神秘的な雪景色に見入った。

【張家界<22>】

 

  バス・ステーションはあいにく、「張家界森林公園」と同じ方向にある。そのため、歩き始めると、すぐに、ガイドのオバサンたちが押し寄せてきた。断っても、断っても「ガイドはどう?」、「ガイドいらないか」と集ってくる。もう少し節度をもって商売してくれないとせっかくの風景が台無しだろ、と怒鳴りたくなるぐらいであるが、仕方なし・・・。

【張家界<23>】

 

 バス・ステーション到着。入口近くにあるバスが動き出そうとしてるので、何気なく目をやると、表に旅游(観光路線)バスと表示がある。昨日、「張家界」の駅で見かけたバスだ。一応、「張家界森林公園」まではちゃんと来るのだなと思ったが、再び「張家界」に来ることがあったとしても、ちょっと試す気にはなれない。駅からここまでタクシーで来れば一時間前後だったと思う。だが、この旅游(観光路線)バスを利用したら、きっと2,3時間はかかるのではないかという疑いが晴れないからだ。

 市内行きのバスに乗車。乗車時にはまだ席に余裕があったが、雪道をゆっくりと走るうちに瞬く間に乗客が増え、席が足らなくなり、立ったままの客が通路を埋め尽くした。

 十数分走ったところで、バスが止まった。どうやら、タイヤのチェーンかどこかについた雪が硬く固まってしまい、うまくタイヤが回らないらしい。ガシッ、ガシッと運転手が作業を行っている音がしばらく響いた後、再び運転手が乗り込んできて再出発。

 さらに、進んでいくと、ふもとから上ってきた乗用車やらバスやらとすれ違い始める。そのうち、雪道を走りきれず、乗客が全員下車して、後部からバスを押している場面にも遭遇。どうやら、ふもとのほうでは、それほど雪が降っておらず、そちらから来た自動車はチェーンを装着していないようだ。

 地元の人たちが、道路の雪かきを懸命にしている姿も所々で見かける。そして、私達のバスもとうとう停車。山へ上ろうとする車の一部が上がりきれなくなり、道路をふさいでしまったのだ。一応、二車線分の雪かきがなされているので、本来ならば、下りの我々のバスは通り抜けられるはずなのだが、そうならない。
 上り車線をふさがれた後続車が下り車線を利用して前へ出ようと試み、それが下る車と正面でかち合って、ストップ。それを各々の後続車が支える形になって、バックもできなくなり、身動きならなくなってしまったのだ。なんとも馬鹿げた話だか、乗客の私達はなすすべがない。

【張家界<24>】

 

【張家界<25>】

 

【張家界<26>】

 

【張家界<27>】

 

 運転手は、前方の話し合いに参加するために、去ってしまい戻ってこない。そこで、乗客たちは次々に下車し、一部の客は雪合戦を始めた。こうなったら、イライラしても仕方がない。私もZと雪合戦!トラブルも二人いれば、けっこう楽しいものだ。

【張家界<28>】

 

  9:50、交通整理が終わったようだ。ようやく出発。

 だが、十分ほど走ったところで再び停止。運転手が下車した。何をしているのかと思ったら、チェーンを外していただけのようだ。これなら、午前中には市内に入れることだろう。

 運転手が座席にもどってきた。手袋もせずにチェーンを外していたようで「手が冷たい」と誰にともなく文句を言っている。

 対向車はほとんど「張家界公園行き」の札を出している。すでに十数台以上はすれ違っている。皆、上の混雑状況を知らないのだろうな。果たして、今日中にたどり着けるかな?

 意外なのは、ツアーバスのほとんどが、韓国人の旅行団体だということ。「張家界」が有名なのはわかるが、なぜこんなに韓国人ばかりがくるのだろう。直行便でもでているのだろうか。

 前方で事故があったらしく、パトカーと乗用車が停車している。そこをすり抜けるようにして、私たちのバスは無事通過。すでに10:20。いつになったら市内につくのか。

 中途で、少しずつ客をとっているうちに、立ち席の客も限界数に到達し始めた。とうとう運転手が「これ以上乗るとブレーキが効かなくなる」と言って、新たな客を乗せなくなった。私もボストンバックを下において置けなくなり、両膝の上に抱きかかえる。

 11:00、市内に到着。バス・ステーションはまだ先だろうと考えていたら、道路脇で全員下車させられた。

【張家界市内<1>】

 

  11:45、タクシーに乗って、ホテル探しに出発。まずはガイドブックで目をつけていたホテルへ。ところが、このホテルはボロボロになっていて、駄目。運転手によると、「祥龍国際酒店」(四ツ星)がよいというのだが、さらに話を聞いてみると、政府の高官も利用するとのこと。ホテルの目の前まで来てみたが、やたらに高そうだ。そこで、三ツ星のホテルを紹介してもらった。
  外観は古いが、料金が240RMBとお手頃である。部屋を下見させてもらうと、内装はリフォームされていて、まぁまぁ。だが、浴室に浴槽がない。シャワーのみだ。これでは、最後の一日としては、寂しい。それに、ホテルで浴槽につかるのは、Zの最大の楽しみ。これを奪っては、きっと不満たらたらに違いない。そう考えて、ここも取り止め。

 結局、「祥龍国際酒店」まで戻り、一泊することにした。料金は480RMBと馬鹿高いが、さすがに部屋も浴槽も綺麗だ。荷物を運んでくれたポーターに聞いてみると、今は春節なので高いが、普段は300RMBぐらいで泊まれるのだそうだ。やはり、春節の旅行は高くつくなぁ。

【張家界市内<2>】

 

 ホテルを出て食事へ。今日は朝食も食べていないので、二人ともお腹ペコペコ状態である。ホテルの近くに、市場があったので、ここでチマキをつまむ。Zはきちんとしたレストランで食事をしたいらしく、さっさと行こうと懸命に私の手を引っ張る。

【張家界市内<3>】

 

 「今、あんまりたくさん食べちゃったら、夕食でうまい物が食べられなくなるぞ〜」と言ってみるが、Zの耳には届かない。やむなく、後に従った。

【張家界市内<4>】

 

【張家界市内<5>】

 

 市場を出て、町の中心地へ。そう言えば、この辺りはバスから下ろされた場所だ。そう思ってウロウロしていると、バス・ステーションがあった。きっと、あのバスはここへ入っていったのだろう。

 「お腹が空いた〜!」とZがわめく。「わかった。わかった。せっかくだから、うまい物が食べられるところを探そうよ」。なだめながら、懸命に周囲に目を走らせる。すると、十数メートル離れた道路の反対側にある建物の2Fに「××農家」と看板を掲げたお店が見えた。「あれにしよう!」とZに声をかけると、Zが首を縦に振る。そして、真っ直ぐに道路を渡ろうとするので、「ホラ、ちゃんと左右を見て渡れよ」と注意。いつもそうだが、Zは一旦自動車が来ないと判断し、道路を渡り始めるともう真っ直ぐ前しかみない。自分は不死身だと思っているのか、と問いたくなるくらいである。

 道路を渡り、お店まであと五メートルというところで、ドボンと小さな音がした。
 私の左足のそばである。ヤバイと即座に足を引き上げる。足音をみると、足首まで水でビチャビチャ。道路脇にある、溶けかけの雪でいっぱいになった植樹予定区画に私の左足が埋まってしまったのだ。幸い、靴の中までは水が染み込んでいない。「あ〜あ」と私が声をあげると、Zが「駄目でしょう。道を歩くときは周りをみないで、足元をみないと〜。じゃなくて、周りをみてもいいんだけど、足元もみないと」と忠告をしてくれる。これでは、立場が逆だ。人を注意する前に自分が気をつけないとな〜。

  入口周辺にゴミがちらかっていたので、若干不安を覚えつつ、2Fへ上がった。だが、2Fは意外に綺麗で、お客もたくさんいる。「干鍋鶏」とその他を注文し、食べる。ここでは、ご飯が小さな桶に入ってでてきた。お味は・・・、うん、うまい。岳陽で食べた「干鍋鶏」に引けをとらない。こうやって、湖南料理をあちこちで食べてみると、やはり、深センの湖南料理ではとても相手にならないことがわかる。何しろ、深センの湖南料理は辛いだけだが、湖南での湖南料理は、長沙、岳陽、張家界、各々の場所であきらかに辛味の種類が違う。これは地域の差というよりもお店ごとの相違かもしれないが・・・。

【張家界市内<6>】

 

  「うまい。これは、うまい。そうだろ、Z!」。「モグ・モグ・モグ」。「深センの湖南料理とは全然違うなぁ」。「モグ・モグ・モグ」。おぃ〜、全然、返事が返ってこないぞー。「モグ・モグ・・・・・・・うん、本当においしーね」。ようやく満足気な声が返ってきた。そして、再び次の獲物を探して、Zの箸が皿の上へ走る。もともとパッチリ目のZであるが、その目をさらに大きくして、新たなる肉を求めて唐辛子をかき分けた。と、ここでアクシデントが発生。慌てて唐辛子をかき分けたため、唐辛子がじっくり溶け込んだスープが数滴とびはね、Zの大きな目に飛び込んだのだ。
  途端に、「痛い、痛い、痛っ〜い」と大騒ぎ。もう食事どころではない。「ウェット・ティッシュちょうだーい」と頼まれるが、このお店にはウェット・ティッシュなんて気のきいたものは置いていない(深センではウェット・ティッシュを出す店が少しずつ出てきた。中国では油をたっぷり使う料理が多いから、おしぼりよりも使い捨てに出来るウェット・ティッシュのほうが便利なのだろう)。ここは深センじゃないんだから・・・と口に出しそうになったが、Zは本当に苦しんでいるようだ。こうしてはいられないと、お茶を普通のテッシュにつけて、Zに渡した。Zは急いで、それを目にあてる。そそして、「いたーい。いたいよー。本当に痛いんだからね。○○(私の名前)にはわからないわよ。この痛さは!」と私に八つ当たりだ。
 
 だが、それは大間違い。わ・た・しも味わったことがあるのだ。その地獄を。「麗江」にある地元系のラーメン屋で、くらったのだ。(ちなみに、今ホームページを見てみると、一生忘れられない、「心に残るラーメン」だと書いてある。すっかり忘れていたが・・・。さらに面白いことにYahooの検索で「心に残るラーメン」を入力すると、なんと私のページが一番トップに来ているではないか。是非、皆さんも試してみてください。もっとも、皆さんがお試しになる頃には変わっているかもしれませんが)。

 そこで、「いや、わかるよ。わかる。俺もやったことがあるから、雲南省へ旅行に行ったときにやっちゃったんだよ。痛い。確かに痛い。わかる。わかるって」と慰めると、急に黙り込んだ。どうやら、グッと痛みを耐えているようだ。もう、それしか道はない。涙でラー油が押し流されるのを待つしかないのだ。

 じっと痛みに耐えるZ。「干鍋鶏」のうまそーな香りが私の鼻をくすぐるが、ここで料理に手を伸ばしては、人格が疑われてしまう。やむなく、Zを見守る。数分して、Zが「うん、よくなったわ。でも、まだジンジンする」と言って顔を上げた。「そうか、そうか、良かった、良かった。ホラ、食べろよ」と料理を勧める。「いい、ちょっとお手洗いに行ってくる」と席を立つZ。なるほど、目を洗いたいのだろう。「わかった」と目で見送って、さっそく、「干鍋鶏」に箸を伸ばす。うーん、やっぱり美味しい。

 トイレから戻ったZは、すっかり元気になっており、私とともに料理に「干鍋鶏」を平らげた。アクシデントはあったが、二人とも大満足。「このお店にしてよかったねー」と幸運を喜び合い、外に出た。
  
 1:30、バン型タクシーと交渉し、40RMBで「玉皇洞石窟」まで行ってもらうことになった。普通のタクシーに尋ねたときは、60RMBと言われたので、少しは安くなったが、このバン型タクシーオンボロで乗り心地は最悪だ。すぐに着くのかと思ったが意外に遠い。その上、どんどん農村地帯に入っていく。帰りのタクシーは見つかるのだろうか。このタクシーを待たせておいたほうがいいかなー。でも、見学にどのくらいの時間が必要かわからないし、そうなるとぼったくられる可能性が高い。やはり、待たせてはおけない。まぁ、バスが通ることだろう。

 2:00、「玉皇洞石窟」着。入り口までは、まだ百メートル以上ありそうだが、泥道のため、タクシーは先へ行ってくれなかった。下車して、歩き出すと、泥道のあちこちに牛の糞が転がっているのに気づいた。改めて周囲を見渡すが、見えるのは田んぼばかり。果たして帰りの車は見つかるのだろうか。やっぱりタクシーを待たしておいたほうが正解だったかなー。

 やっとのことで入り口にたどり着くと、階段に座っていた男が立ち上がり、入場料を要求してきた。一人10RMBだという。立て看板にも入場料10RMBと書いてあるので、払ってやる。と、その後ろから乞食のような格好をした男が寄ってきて、衛生費を5RMB寄越せという。汚い格好でこちらに来るもので、圧倒され言われるままに払ってしまった。

【玉皇洞石窟<1>】

 

 入り口から石段を上がっていく。長い階段なので、昨日の「張家界森林公園」よりよほど疲れる。「張家界森林公園」はゴンドラであがってしまえば、あとは意外に平坦だったからなぁ。 

【玉皇洞石窟<2>】

 

 なんとか石段を登りきって、こんどは洞窟までの小道を進む。一応、手すりがついているので、それなりに安全だ。小さな洞窟に様々な彫り物がしてある。洞窟としては、相当にショボイ部類に入るが、日本人があまり来ないだろうという点では非常に価値がある。

【玉皇洞石窟<3>】

 

 続いて、再び小道を通り、次の洞窟へ向かう。ここから見えるのは、まさしく「張家界」の田園地帯。見渡す限り、田んぼが続いている。しかし、この小道、雪が解けた水で非常に歩きにくい。転んだ拍子に手すりをすり抜けて、崖から転がり落ちたりしないかと心配だ。その上、あちこちにお菓子の袋だとかタバコの吸殻が落ちている。5RMBもとるんだから、ちゃんと働けよ、オジチャン。

【玉皇洞石窟<4>】

 

  次々と現れる小さな洞窟。規模は小さいけれども、その中に手をかけて、彫り物をしたのは紛れもなく信心深い修行者かお坊さんなんだろう。もうちょっと整備すれば、立派な観光地になって訪れる人もたくさんいると思うのだが、中国ではこういった小さな美しさというのは受けないのかもしれないなぁ。

【玉皇洞石窟<5>】

 

【玉皇洞石窟<6>】

 

【玉皇洞石窟<7>】

 

【玉皇洞石窟<8>】

 

 洞窟を越えていくと、たどり着いたのは、今にも崩れそうな木造の建物。おっかなびっくりあがっていくと、大きな鐘がぶらさがっている。勝手についてもいいのかなと疑問に思ったが、考えてみれば、とめる者もいない。Zと二人で思いっきりついてやる。

【玉皇洞石窟<9>】

 一番上まであがると、ここからさらに石段が続いていた。まだ上がるのか。ちょっと怖いぞ。でも、ここまで来たからには最後まで行かなきゃ。

 石段を最後まで上がり、小道を抜けていくと、金色に塗られた像が設置されているのが見える。ここが終点だ。小さな洞窟ばかりだったけれど、鐘もつけたし、けっこう満足。あのオンボロの木造建築物など、なかなか見れるものじゃない。ありがとうございます。像に頭を下げて、立ち去ることにする。

【玉皇洞石窟<10>】

 

 足元に気をつけながら、なんとか石段の下までたどり着いた。さきほどまでいた入場料取りのおじさんたちはすでにいない。そうすると、私たちが車でやってくるのを見てから、慌てて階段の下に向かったというわけか。ハングリーだなぁ。

【玉皇洞石窟<11>】

 さて、問題はここからだ。どうやって帰ろうか。まぁ、タクシーがないわけだから、バスしかない。といって、この「玉皇洞石窟」の前の通りは、舗装こそされているものの、バスが定期的に通るような道ではない。とにかくバスが通りそうな道まででなければならない。来たときのことを思い返してみると、そこまでたどり着くには、30分ぐらいは歩かなければ駄目だろう。やっぱりタクシーを待たしとけば良かったかなぁ。なんだか、山賊でも出そうだよ。ここは(2:30)。

 道をひたすら歩く。閑散とした農村地帯という感じで、のんびりできそうな気もするが、何しろ、何か問題が発生して助けを求めたとしても誰もやってきそうもないような場所である。どうしても不安を押し消すことができない。道に沿って走っている山の上にはお墓がずらっとならんでいるし、不気味だよ。昼間で良かった。おっ、川でおばさんが一人洗濯しているよ。うーん、ちょっと安全度アップかな。

 3:00、大通り?というか公道に出る。ここは確かバスが走っていたはずだ。しばらく待っていると、中型バスがやってきた。大喜びで駆け寄るが、市内とは反対方向へ向かうバスであった。方向すらわからない私とZ。ちょっと情けない。
 3:15、ようやく、市内向けのマイクロバスがやってきた。しかも、けっこうきれい。中韓観光バスとか書かれているから、韓国人観光客目当てのバスなのだろう。今から、市内へ客をとりに行くところらしい。ついでに、市内行きの客も拾っていこうというわけだ。なんにしろ助かった(2RMB/人)。

 しかし、安いなー。行きに乗ってきたオンボロ・バン型タクシーに40RMBも払ったのが馬鹿らしくなるぐらいだ。シートも綺麗でクッションが効いているし、言うことなし。これで2RMBだもんなぁ。しかも、このバスは高級の部類に入るらしく、何度か乗車しようとした客を断っている。「このバスは1RMBじゃないよ」とか言っているところをみると、どうやら市内まで1RMBバスもあるのだろう。そう言えば、私たちのあとに乗り込んできた客たちは、皆、身なりがいい。断られているのは、ボロボロの服を着た人たちばかり。 

 市内に到着。中心まで言ってくれるのかなと思ったら、途中で降ろされた。不満気な私たちの顔をみて、チケット売りの兄ちゃんが「これからツアー客を迎えにいくところだから・・・」と言い訳する。なるほど、すでに決まった客がいるというわけだ。それでも客をとってここまで乗せてくるのだから、恐れ入るよ。

  ここから乗合いバン型タクシーに乗って「普光禅寺」まで行く。このお寺への入場はなんと無料。30RMBぐらい取られるんだろうと覚悟していたので、ちょっと嬉しい。だが、無料なだけあって、あまり見るところがない。グルリと敷地を回って外へ出た。

【普光禅寺<1>】

 

【普光禅寺<2>】

 

【普光禅寺<3>】

 

 通りに沿って歩いていくと、露店がたくさんある通りに出る。まだ、日が出ているので活気がないが、夜は人がたくさん集まりそうな感じだ。鉄板焼肉の露店とかもあって、食欲がそそられる。

【張家界市内の露店通り】

 

 通りを抜けたところに、靴磨き屋がたくさん集っている。自分と客用の椅子二つで商売できるのだから、ある意味露店の代表選手だ。もっとも、洗面器と空気入れだけで商売しているパンク修理屋のほうが、インパクトはあるが。

 雪解けの泥道を歩いたせいで靴がすっかり汚れてしまったので、靴磨き屋にトライしてみる。「いくら?」と聞くと、「2RMB」だという。座りながら、「2RMBはちょっと高いんじゃないの」と文句をいうと、「今日は春節だから」と周りの靴磨き屋と一緒に合唱する。なんだか、まるめこまれてしまった。しばらくすると、Zも「あたしもやってもらおーっと」と言って隣に座った。Zはしつこく交渉して、1RMB。やっぱり、気合が違うなぁ。もっとも、Zの靴は運動靴だし、ちょっと手を抜かれていたような気もする。

 3:50、「秀華山館」へ向かう。バン型タクシー、二人で3RMBで交渉成立(運転手の言い値は二人で4RMB)。(この乗り合いバン型タクシーは市内は普通1RMB/人)。

 5分ほどで「秀華山館」到着。想像していたより、遠かった。「秀華山館」はちょっと立派な普通の住宅という感じの建物である。ガイドブックの説明から、土産物屋のようなものをイメージしていたが、どうやら違うらしい。

【秀華山館<1>】

 

 入場料は意外と高い。立派なパンフレットを渡されるが、この狭い建物の中で何が見られるというのだろう。若干、不満気味に歩を進めようとすると、まず入り口のところにある太鼓のところでストップさせられた。どうやら太鼓を叩いて見せてくれるようだ。民族衣装をきた小柄な女性が踊りをしながら、太鼓をたたき出す。けっこう激しい踊りだ。女の子がクルクル回転しながら太鼓を打つ。最初は、そんなに気乗りがしなかったが、女の子が楽しそうに踊っているので、こちらもなんだかうれしくなってきた。

【秀華山館<2>】

 

 踊りは数分で終了。次はどこへ行ったらいいのかと戸惑っていると、スタッフが「こちらです」と私たちを中庭に連れ出した。どうやら、この館は土家族の建物を模して作られているらしい。(「土家族」は、湖南省と湖北省にまたがって存在している少数民族。2000年の歴史があるとのこと)。

【秀華山館<3>】

 

 中庭を越えて、対面の建物に入ったところで、再びストップがかかる。そして、数人の男女が中庭に現れ、相互に歌を歌いかけ始める。どうやら、少数民族の恋歌のようだ。これだけの催しを私たち二人だけのためにやってくれるとは。高いと思われた入場料も、妥当な線に思われてきた。もっとも、今は客が私たちしかいないから、そうしてくれているのだろうが、客が少なくても手を抜かない姿勢は好ましい。

【秀華山館<4>】

 

 歌の合唱を見終わると、建物の2F、3Fをぐるりと見て回り、土家族の生活用品や民芸品を眺める。民芸品は美しいものが多く、中国語がわからなくても楽しめる。スタッフが付いて、一つ一つの生活用品について説明してくれるので、中国語がわかればなお良い。

【秀華山館<5>】

 

  「秀華山館」を出ると、まっすぐホテルへ帰る(4:35)。しばらく休憩。

【祥龍国際酒店】

 

 6:10、夕食を食べるために、外へ出る。せっかくなので、市内をしばらく散歩する。中途で、美味しそうな漬物屋を発見。選んで注文すると、味付けまでしてくれるようだ。Zが注文寸前までいったが、結局思いとどまったようだ。「なんで買わなかったの?」と尋ねると、「食べるときがないから」と答えが返ってきた。それもそうだ。でも、私もちょっと味見してみたかったな。

【漬物屋】

 

 公園にあった露店で、再び「臭豆腐」に遭遇。値段を聞いてみると、なんと「6個で1RMB」。長沙で売っていた「臭豆腐」の半分の値段である。こんな値段でもとがとれるのだろうか。材料に何を使っているのか心配になるほどだ。恐る恐るながら、1RMB分、買ってみる。「長沙のほど、美味しくない。水っぽいし」。一口食べて、Zが不満をもらす。「そうか?俺にはわからないけど・・・」。「味が薄すぎるわ!」。うーん、Zはすっかり長沙の「臭豆腐」マニアになってしまったようだ。

 7:00、Zのお腹が減ったコールが始まった。あんまりうるさいので、昼食に利用した湖南料理屋でいいかなとも思ったが、なだめながら、別の店を探す。せっかく来たのだから、いろいろな店の味を楽しみたいというものだ。

【夕食<干鍋鶏のコンロ>-張家界市内-】

 

  なだめるのも、もはや限界、というその時、遠くにレストランらしきものが見えた。Zが「○○(私の名前)は私のことをいじめて楽しんでいる!」とすごい発言をし始めたばかりのことである。(飯食うために、そんな台詞が出てくるのか?)と呆れながら、「ほら、あそこにレストランがある。あれで駄目なら、昼食を食べた場所に戻ろう!」。そう宣言して、手をひっぱる。

 幸い、そのレストランは十分に合格水準。客入りもよく、外観、内装ともにまともだ。さっそく中に入って、注文。もちろん、「干鍋鶏」を忘れずに注文する。 

【夕食<干鍋鶏>-張家界市内-】

 

 結論だけ言うと、ここの「干鍋鶏」もとびきり美味しかった。おかげで、「張家界」での最後を飾るにふさわしい夜となった。Zもニコニコ顔である。昼のお店もそうだったが、ここもご飯が木の桶に入って出てきた。湖南では、この木桶が流行しているのだろうか。

 食事を終えて、9:00近くにホテルへ戻った。やっぱり4ツ星ホテルは綺麗でいい。快適なお風呂とベッド。長沙では街歩きもできたし、岳陽の観光地もほとんど回ったし、冬の張家界も味わった。あちこちで、美味しい食事も楽しんだ。今までは、留学時代に馴染んだ貴州省の唐辛子が大好きで、湖南省の唐辛子はどうも好きになれなかったが、これからはどちらも大好きということになりそうだ。本当に、もう一回来てみたいと思わせるぐらいの湖南省であった。

2005年2月11日

 7:40、部屋を出て、レストランへ行く。優雅に朝食バイキングを楽しんでから空港に向かうつもりであたった。ところが、バイキングは韓国人のツアー客でごった返しており、四ツ星レストランの落ち着きはどこにもない。これでは、街中で5RMBでぶっかけご飯を食べるのとあまり変わらない。かきこむようにして食事を終えて、チェックアウト。これらの韓国人ツアー客が、私たちと同じ料金で泊まっているとは思われないから、私たちも旅行社を通したほうがいいレートをもらえたかもしれない。次は、旅行社経由でホテルだけ予約というのをやってみようかな。

 8:25、タクシーに乗って空港へ(15RMB)。

 10分ほどで、空港に到着。霰が降り続いており、空港前のフロアで足がつるつるすべる。Zとともに体を支えあい、なんとかロビーに入場した。

【張家界の空港】

 

 空は雲で覆われ、霰が絶え間なく降、身り注いでいる。この状態で、飛行機が飛ぶわけもなく、10:00頃に出発するはずが身分証チェックも始まらず、ずっとロビーで待たされるはめとなった。

 11:00、ロビーは徐々に人でいっぱいになり始めたが、暖房設備がないのか、室温は下がる一方である。エアコンが入っている、やすっぽい喫茶店が一つだけ開店しているが、インスタントコーヒー一杯が20RMB、カップラーメンが15RMBと馬鹿高いので、誰も入ろうとしない。中で、空港の職員だけがマージャンをやったり、テレビをみたりして暖かく過ごしている。うーん、中国だよなぁ。

 天候は、一向に変わらないし、長期戦になりそうだ。そこで、思い切って、喫茶店で待つことにした。 体が冷え込んでしまっては不愉快なだけだからだ。こんなボロイ喫茶店で、20RMBのインスタントコーヒーを飲まねばならないのは腹立たしいが、風邪をひくよりはよい。

 12:00を過ぎた。とうとう放送がかかり、乗客には無料の昼食が振舞われることになった。以前にも、江西省南昌空港で、4,5時間の待ちを食らわされたことがあり、そのときはクッキーとジュースが出た(ただし、ボディ・チェック等を抜けて、搭乗待ちになってから)。今回は、ロビーでの待ち。果たして、何が出てくるのかと思ったら、ロビーにあるレストランで、テーブルごとに8品ぐらいの中華料理が出てきた。決して高級料理ではないが、まともな料理だ。遠慮なく、ぱくぱくと食べさせてもらう。

 食事を終えると、再び喫茶店での待ち。他の便も出発できないらしく、喫茶店の席が埋まりだした。

 3:00過ぎ、まだまだ天候は変わらない。喫茶店は満員御礼状態となっている。ガラスのコップに茶葉を少々、それにお湯を入れたものが5RMBなので、それを頼んでいる客が多い。皆疲れ切っている。

 4:30、ようやく出発のアナウンスが出た。5:30に離陸である。帰りは広州の空港なので、広州空港からリムジンで広州駅横まで行き、そこから徒歩で広州省バス・ステーション、そして、バスで私たちの住む街までというリレーが繋がらなければならない。
 リムジンがなくなることはないだろうが、広州省バスステーション→私たちの住む街の最終便が怪しい。この部分をタクシーで行くとなると、下手をすれば500RMBを超過しかねない。夜遅くの出発であることを考えると、ほとんど交渉は不可能だろう。それに、強盗等の危険もある。間に合うだろうか?広州省バスステーションに電話して、最終便の時間を確認してみる。すると、8:20であることがわかった。うーん、ぎりぎりだ。広州空港→広州省駅横までで、少なくとも30分はかかるからなぁ。最悪は、広州で一泊ということになりそうだ。

 ボディ・チェック等を終えて、搭乗ゲート前の待合室に入る。待合室には飲み物も売っているし、暖房もきいている。Zは「何で外で待たせておいたのかしら。ひどいわ」とカンカンになる。うーん、なんでだろうね。きっと、ロビー内のスタッフの方が地位が高いから、自分たちが休めるように、決めるのではないだろうか。

 5:35、搭乗。ようやく出発だ。

 7:20、広州空港に着陸。だが、なかなかターミナルと接続されない。かなりシビアな時間になっているのだがな〜。まぁ、ここまできたら、成り行き任せにするしかないか。でも、今日中にアパートに着きたいなぁ。

 7:30を大分過ぎている。急いでターミナルを出て、リムジンバスの乗車。さあ、間に合うか?

 8:10、広州駅横に到着。急いで下車し、広州省バス・ステーションまで走る。走る・・・と思ったが、Zがスタミナ切れを起こした。やむなく、歩きに切り替え。まぁ、広州に一晩泊まっていくのも悪くないさ。それに、深セン市内行きのバスだったら、もう少し遅くまであるかもしれない。それに乗って、途中下車という手が使えるかもしれない。

 8:20、なんとか最終バスに間に合った!ふぅー良かった。Zと二人で喜びを分かち合う。

 夜中とあって、バスはスイスイ。9:30に私たちの住む街へ到着〜〜。午前中にアパートにつけるぐらいのチケットをとったのに、着いたのは夜の9:30。まいった、まいった。でも、今回の旅は充実してたなぁ。うまいもの食べれたし。

 これで、「湖南省の旅」は終了です。この「張家界探検記」と「長沙探検記」と「岳陽探検記」はひと連なりになっていますので、ご興味のある方は是非他の探検記もご覧になってください。長らくお付き合い頂きまして、ありがとうございました。