8時過ぎに起床。換えの服は多めに用意して来たが5日以上となると足りない。今のうちにホテルのクリーニングに出しておく。
9:00部屋を出て、1Fのフロントへ。昨日は、一泊分しか払っていないので、本日分の保証金として300RMBを追加。
タクシーに乗車して、漢口駅へ向かう。外は思っていたよりも冷え込む。チケットを購入したら、一旦ホテルへ戻って、もうちょっと着込んだほうが良さそうだ。
9:15、漢口駅に到着。明日出発の「十堰」までのチケットを購入(漢口駅発ではなく、武昌駅発)。中国人向けのガイドブックによると、武当山を少し過ぎたところに「十堰」という都市があり、一旦そこまで列車で行ってバスで武当山まで戻ってくるのが一般的なルートらしい(注:実際には、武当山にも駅があり、ふもとで下車することができた。ただし、格の高いホテルは「十堰」まで行かないと存在しないと思われる)。
チケットをゲットすると、駅前の小さな食堂で朝食をとる。小さな肉まんと野菜炒めの簡単な食事。これで体が温まれば、ホテルへ戻る必要もない。そう考えたが、食事を終えて外へ出てみるとやはり寒い。タクシーでホテルへ戻った。
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【漢口駅】 |
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10:20、服を多めに着込んで、再度出発。今度はエア・チケットの販売店へ向かう。深センまでのエア・チケットの購入しておかなければならないからだ。春節の真っ最中なので、早めに手配をしておかないと休暇が終わるまでに戻れなくなる恐れがあるのだ。
10:30、エア・チケット販売店に到着(エア・チケット販売店というのは、市内にいくつもあることが多く、タクシーの運転手によってはわざと遠いところを選んだりするので、あらかじめ地図等で場所を調べておくほうが良い)。
カウンターへ行き、武漢→深センのチケットを調べてもらう。だが、春節の間は全ていっぱい。武漢→広州も同様に空いていない。そこで、襄樊→深センを調べてもらう。昨年、張家界の空港でまる一日待たされるという痛い目にあった記憶が残っているので、地方の小さな空港発は避けたかったのだが、この際やむおえない。ところが、襄樊→深センもいっぱい。チケット売り場のスタッフも、「今はどこもいっぱいなのよ」とうんざりした表情だ。
エア・チケットが売り切れということは、列車も駄目だろう。仮に買えたとしても、立ち席になる可能性が高い。「バスで帰るしかないか?」とZに話し掛けると、「待って、まだ襄樊→広州を聞いてないわ」という。「いや、もう駄目だろ・・・」と答える間もなく、Zが「襄樊→広州を調べて」とスタッフに依頼した。スタッフは、絶対無理よ、という顔をしてキーボードを叩く。それはそうだ。高い路線である襄樊→深センがいっぱいなのに、襄樊→広州が空いているわけがない。
「OKよ・・・」。スタッフがモニタをみて答える。
「えっ、あるの?」
「ねぇ、襄樊→広州に空きがあったわよ。びっくりね」。スタッフは隣の同僚に話し掛けている。
助かった。Zの機転と執念に感謝。さっそく手続きをし、チケットをゲット(1240RMB/人)。割引なしのチケットだから、ずいぶんと高いがしかたがない。今はもう帰れるだけで良しとしよう。
10:55、タクシー乗車。「帰元寺」へ向かう(14RMB)。
11:05、「帰元寺」着。すごい人出だ。昨日の黄鶴楼よりも混雑している。春節だから、皆家族で初詣というところだろうか。入場料20RMB/人を払って、私たちも門の中へ入り、人の流れに乗って奥へ入っていく。Zは至極上機嫌でニコニコしている。何やら呟いているので、聞き耳を立ててみると、「そうだ!私帽子買っておかなきゃならないわ・・・」と右のこぶしを小さく揺すっている。どうやら、「武当山」のことで頭がいっぱいのようだ。肩を叩いて、「ほらっ、ボーとしていると危ないぞ!」と言ってやると、ようやく我に返ったようで、「大丈夫よ」と元気よく返事をした。
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【帰元寺<1>】 |
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途中、壁に書かれた仏教についての問答集の前で大勢の人が立ち止まっていたので、私も読んでみる。お祈りの仕方とかお祈りの意義などについて書かれている。Zはすぐに我慢できなくなり、私の手をひっぱってはやく奥へ行こうとうるさい。やむなく、敷地の奥へと進む。
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【帰元寺<2>】 |
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敷地の奥には広場があり、30メートル以上はありそうな観音様(?)の石像がどどーんと立っている。像の前には、参拝客が頭を打ちつけるためのクッションがずらりと並んでおり、人々が忙しげに頭を下げているのが見える。「Zはやらないの?」と誘い水をかけてみるが、「やらない。たくさん人がいるから」とわからない理由で否決されてしまった。信心の浅い奴だ。
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【帰元寺<3>】 |
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脇から見ると、反対側にも熱心に頭を下げている参拝客が並んでいたので、ぐるりと回ってみる。なんと、この観音様(?)、裏表に二人が張り付いているではないか。こういう像はなんと呼ぶのだろうか。裏表で参拝客を引き受けられる、ある意味非常に合理性の高い観音様(?)である。
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【帰元寺<4>】 |
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【帰元寺<5>】 |
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彫像から少し離れたところには、焼香専用の場所があり、ここでも線香を捧げ終わった人たちが一生懸命お祈りをしている。普段の中国の人たちの生活をみると、あまり信心深いようには見えない(迷信深くはある)のだが、こんなに熱心に何を祈っているのか、ちょっと心の中をのぞいてみたい気もする。
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【帰元寺<6>】 |
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広場の別の場所にたくさんの人が群がっているので、そちらへ行ってみると、5,6メートルぐらいの高さの仏塔に向かって皆が硬貨を投げつけている。どうやら、硬貨が塔の中にうまく入れば、ご利益があるということらしい。私はこういうのは好きだ。さっそく、財布から硬貨を取り出し、塔に向かって投げつける。だが、思ったより難しい。2度トライしたが、2度とも柱の部分に当たって跳ね返されてしまった。私が楽しそうにやっているのに興味をもったのか、Zが「私もやる!小銭ちょうだい」と手を出してきた。ちょうど1RMB硬貨が2枚残っていたので2枚とも渡してやると、人の群れをかき分けて塔に近づくと、ぴょんぴょん飛び跳ねながら塔向かって硬貨を投げつけた。しかし、結果は私と同じ。そうそう入るものではないようだ。
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【帰元寺<7>】 |
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「もう、硬貨はないよ。行くぞ・・・」と声をかけようとしたが、Zの姿が消えた。「あれっ?」と視線周囲に走らせると、Zが地面のそばでもそもそやっているのが見えた。何やってるんだと疑問に思う間もなく、Zは元気よく立ち上がって再び塔に向かって硬貨を投げつけ始めた。なんと、跳ね返ってきた硬貨を拾いにいっていたのである。よく見ると、硬貨を拾いに行っているのはZだけではない。子供たちも拾っては投げ、拾っては投げを繰り返しているようだ(さすがに大人はいない)。Zは拾った硬貨を使い切ると、再び膝を曲げて地面に手を伸ばす。小学生に混じって全く違和感がないところがすごい。硬貨を手に入れたZは、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、しつこくトライ。Zの粘りに仏様も音を上げたのだろう。とうとう仏塔の中に硬貨が飛び込んだ。「○○(私の名前)!入ったよ」とZが嬉しそうに振りむく。「○○(私の名前)はやらないの?」。「俺はいいから。もういいだろ。行こうよ」。「待って、まだ硬貨が残っているから」。またもや塔に向かって硬貨を投げつけ始める。
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【帰元寺<8>】 |
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「ふっ〜、ちょっと疲れたわ」。硬貨を全て使い切ったZが、ようやく人の群れの中から出てきた。息をぜいぜいさせている。Zの、この努力を仏様が認めてくださる日はあるのだろうか。
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【帰元寺<9>】 |
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【帰元寺<10>】 |
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十分楽しんだ?ので、出口へ向かう。途中の建物のところで人がごった返していいる。何があるんだろうとのぞいてみると、五百羅漢の像だ。インターネットで調べてみると、仏は法を創り出し者、菩薩は法を伝える者、羅漢は小乗の法を達成した者ということらしい。普通の人間に一番近い位置にあり、喜怒哀楽を持ち親しみやすい存在とのことだ。釈迦の入寂に立ち会わせた羅漢の数が500人であったことから五百羅漢という呼び名が一般にあるそうだ。
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【帰元寺<11>】 |
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帰元寺の羅漢像には言い伝えがあって、羅漢像は王という名の父子によって9年をかけて498体まで完成させられたが、二人とも過労で病に倒れ亡くなったそうである。その後、別の彫り師が呼ばれたが、不足していたのが2体だけであったため王父子を素材にして残りの2体を造り、500体を完成させたそうだ。
また、1954年に武漢で大洪水が発生した時、帰元寺の羅漢像は水に浮いて流されあちこちに転がったが、水が引いてみると何事もなかったかのように全てが元の位置に戻っていたという話も残されている。
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【帰元寺<12>】 |
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五百羅漢のある寺としては、北京の碧雲寺、成都の宝光寺、蘇州の西園寺、武漢の帰元寺が有名で、これらを中国の四大羅漢堂というらしい。これまでの旅行で訪れた寺の中には、帰元寺よりも大きな羅漢堂を設置しているお寺が数あったように思うけれども、歴史が及ばなかったのか四大羅漢堂には含まれていないようだ。謎だ。
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【帰元寺<13>】 |
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客でいっぱいになった通路の中をあっちに行ったり、こっちに行ったりして、なんとか五百羅漢を見終えて、外に出る。出口近くのところに、お金を穴に放り込むゲームがあり、トライしてみるが、一個も入らず。お寺がこんなゲームでお金を儲けていいのかと少しばかり憤慨する。
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【帰元寺<14>】 |
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11:40、タクシーに乗車して、「古琴台」へ向かう。
11:45、「古琴台」到着。入場料は20RMB/人。こじんまりとした建物なので、「帰元寺」と同じ入場料だと思うと、ずいぶん高く感じた。中に入っても、小奇麗なだけで、何もない。やたらカギがぶら下げてあるところを見ると、縁結びか何かの記念物だろうかと考えたりした。5分ほどで全部見て回れるほどの敷地しかないので、展示場にあった中国語の説明を読む。
それには、「春秋戦国時代に、兪伯牙という名琴師がいて、旅行中に雨宿りをしていた時にふと琴を奏でたところ、ちょうど同じように近くで雨宿りをしていた鐘子期という人物が、兪伯牙の奏でる琴を聞いて、思わず絶賛し、兪伯牙の琴の意味を正しく解釈したところから、兪伯牙と鐘子期を音楽の友として交わることになった。翌年再会を約束し分かれたが、二年目に兪伯牙がやってくると、鐘子期はすでに亡くなっていた。自分の音楽を理解する鐘子期の死を悲しんだ兪伯牙は、最後の琴を奏でると、琴を叩き割って後の生涯琴を弾くことはなかった」というような事が書かれていた。古琴台は、この兪伯牙と鐘子期の友情を記念して、建てられたもののようだ。だから、カギがたくさんぶら下がっているのか。でも、あれは男同士の友情というよりも、男女の愛情の結びつきの願掛けされているような気がするけど・・・。お互いを深く理解しているという意味だから、どっちでもいいのか?
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【古琴台<1>】 |
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【古琴台<2>】 |
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【古琴台<3>】 |
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【古琴台<4>】 |
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【古琴台<5>】 |
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【古琴台<6>】 |
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【古琴台<7>】 |
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【古琴台<8>】 |
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【古琴台<9>】 |
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「古琴台」を出ると、タクシーに乗って、「宝通寺」へ向かう(20RMB)。
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【宝通寺<1>】 |
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12:20、「宝通寺」着(入場料10RMB)。大通りに面しているにもかかわらず、「帰元寺」に比べると、訪れる人もぐっと少ないようだ。ごくごく小さなお寺というのが私の印象だった。
しかし、実際には、11万平方メートルという巨大な敷地を擁しているのである。建築されたのは、西暦420−479年の間であり、武漢市で現存する最古のお寺ということである。日本とも縁が深く、住職であった近代の名僧「持松」(1894−1972)は幾度か日本へ行き、日本の真言宗(密教)を学んで戻ってきたのだそうだ。そのこともあって、一部日本式(密教式?)の建築物も存在しているとのことである。私はさっと入って、さっと出てきてしまったので、見損ねたが、興味のある人はじっくりと探してみると面白いかもしれない。
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【宝通寺<2>】 |
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【宝通寺<3>】 |
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【宝通寺<4>】 |
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【宝通寺<5>】 |
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12:35、「宝通寺」を出る。今回、コンセントを持ってくるのを忘れたので、そろそろどこかでアダプタを手に入れなければならない。香港購入のデジカメを使用しているので、アダプタを経由しないと、ホテルのコンセントに差し込むことができないのだ。
「どこかでアダプタ買いたいんだけど・・・」
「ご飯が先よ」
「でも、アダプタ買っとかないと」
「ご飯が先!」
「わかった、わかった」
周囲を見渡したが、食事のできそうなお店がない。少し離れた対面に大きなデパートが見えたので、歩道橋を渡って、そちら側に出た。デパートの1Fにあるマクドナルドで、ハンバーガーを食べる。せっかくの湖北旅行なので、湖北料理をメインに食事をしたい気持ちもあるが、午後はハードに歩き回る予定だから、安全パイのマクドナルドで軽く済ませておくのも良い選択だろう。
食事を終えると、デパートでアダプタ探し。デパートには服しか売っていないと思い込んでいるZは、「こんなところに電気屋なんてないわよ」と探す気もない。仕方ないので、「とにかく上までエスカレーターで上がろう」と宣言し、エスカレーターに向かって歩き出すと、Zが「だったら、店員に聞いてみましょうよ」と提案してきた。「まぁ、いいけど・・・」と譲歩し、店員に尋ねると、「ここにはありません」と断言された。「ないって!」と嬉しそうに笑うZ。登らなくて助かったという顔だ。
(中国の店員はいい加減だからなぁ。本当に知ってるのか?)と疑いが残ったが、尋ねた以上は、多少信じて行動するのが前提だ。いったんデパートの外へ出て左へ向かって歩く。すると、すぐ隣にもう一つ大きな出入口がある。入ってみると、残念ながらさきほどのデパートとひと連なりの建物だ。しかし、せっかくなので、すぐそばに立っていた店員に尋ねてみる。
「ここ、電気屋なにの?」
「あります。上にあります」
なんだよ。あるじゃん。「Z〜、電気屋、あるって」と声をかけて上へ向かうエスカレーターに乗る。中国のデパートでは、電気屋が上の階にあることが多い気がする。以前に福州でコンセントを探したときも、ずいぶんと上の方に電気屋があった。日本では、どうだっただろう?日本で過ごした最後の数年は、ジャスコぐらいしか行ったことがないから、せいぜい2F建ての建物しか記憶にない。最近は、日本と中国を比較しようと思っても、日本に関する記憶がぼやけてしまってうまくいかないことが多い。少し寂しいなぁ。
電気屋に着くと、店員が一人、ショーケースの上にひざをついて退屈そうな表情で客が行き来するのを眺めている。私がショーケースの中を覗いて、目当てのアダプタを探していると、やってきて、「何が欲しいの?」と尋ねてきた。
「このアダプタ」
すでに目的の商品を見つけ出していた私は、アダプタを指差した。
店員はカギを取り出すと、ショーケースのドアを開けてアダプタを取り出した。
「いくら?」
「○RMB」
お金を渡すと、アダプタを小さな袋に入れてこちらに寄越した。
「伝票は?」
「いらないわ」
「そういうわけには、いかないだろ。伝票を切ってくれ」と要求する。
デパートで伝票なしでいいなんて言われたのは初めてだ。そもそも、ショーケースごしに一般の店員に現金を渡すというのも大都市では珍しい。これでは、この店員が現金を自分のポケットにそのまま入れてしまっても全くわからないではないか。
店員の悪事はともかくとして、伝票を切ってもらわないことには、私がここで商品を購入したという証明ができない。嫌々伝票を切る店員から、伝票をもらって、店を後にした。こんな大きなデパートでも管理の抜けがあるんだから、やっぱり中国は奥が深い。というか、底がない。よくこれでやっていけると不思議に思う。
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【宝通寺の前の通り】 |
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次は、今日のメイン観光地「磨石」へ向かう。バスで行こうと思い、バス停でバスを待つが、「磨石」行きのバスがなかなか来ない。諦めて、タクシーに乗車(13:40、19RMB)。「磨山」へは「東湖」を抜けていくことになる。地図で見る限り、「磨山」に辿り着くルートは数種類あるが、どれが一番近いのか全くわからない。タクシーの運転手まかせにするしかない。
「東湖」の中を車が走り始めると、それまで黙っていたZが「すごい広いわね。まるで海みたい」と感嘆の声を上げた。湖南の「洞庭湖」も広かったと思うが、冬の最中ということもあり、水が干上がっていた。考えてみれば、今も真冬である。だが、東湖はなみなみと水を湛えている。河の流れの関係だろうか?
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【磨山<1>】 |
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13:50、「磨山」到着。ずいぶん長い間車を走らせたような気がするが、時間にすると十数分程度だった。意外に近い。入場料40RMB/人を払って中に入る。
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【磨山<2>】 |
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入場門から数十メートルほどのところで、リフトに搭乗(25RMB)。密室型のケーブルカーではなく、椅子型のリフトである。どのくらいの距離があるかわからないのでいささか怖い。二人乗りの椅子にZと並んで座った。足元のバーを踏みしめると、お腹の部分のもう一本のバーが締まる仕組みだ。中国では、この形式のリフトが多い。バーがお腹を抑える位置は、左右同じである。私とZは体型が大きく異なるので、Zのお腹とバーの間には数センチの空間が出来る。そのことをZに指摘してやると、表情が強張った。さらに、二人の体重差を反映して、リフトが私の方に大きく傾いているのに気づき、「○○(私の名前)が重過ぎるから駄目なのよ」と文句を言う。しかし、文句を言われても、急に体重が軽くなるわけもなく、リフトは傾いだまま、上昇を続けていく。
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【磨山<3>】 |
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10分経っても、頂上に着かない。リフトで上がるには遠い距離だ。冷たい風がビュービューと吹いているので、体が凍えてきた。密室型のケーブル・カーだったら、良かったのに・・・。
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【磨山<4>】 |
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【磨山<5>】 |
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【磨山<6>】 |
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14:10、ようやく頂上に到着。リフトで20分はさすがに長く感じた。Zも緊張で疲れた顔をしている。
リフトの出口を出たところに、滑り台の宣伝がある。これによると、滑り台のチケットを30RMBで購入すれば、この先に見える「楚天台」への入場料は無料になるとのことだった。滑り台は、深センにある「世界の窓」というテーマパークにあるものと同じで、二本のレールの上を橇のような乗り物に乗ってブレーキをかけながら滑り降りていくという方式のようだ。けっこうスピードが出て、楽しい乗り物だった記憶がある。「世界の窓」では数少ない、無料のアトラクションで、当時の中国の友人がずいぶんと気に入って2度も連続して乗った上に、さらにもう一度乗ろうと言い出したので、慌てて止めたものである。
せっかくだから、帰りはこれで降りて行こうと、Zを誘うと「やだ!」の一言で却下。「けっこう面白いよ」。「絶対やだ」。そうだった。Zはこの手の刺激的な乗り物が苦手なのだ。といって、全く駄目なわけではなく、深センの「歓楽谷」というテーマパークでは、それなりに楽しんでアトラクションに乗っている。今だに、ZがOKを出す基準がわからないが、一旦「駄目」が出ると滅多なことでは変わらないから、説得は諦めることにした。
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【磨山<7>】 |
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5RMB/人を支払って、楼閣の後ろ側から入場。石段を歩いて山を登ると、楼閣の正面から入場、リフトで上がると後方から入場となっているようだ。
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【磨山<8>】 |
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中に入ると、トイレを探す。リフト搭乗中、ずっと冷たい風を浴びていたので、すっかり体が冷え込んでしまったようだ。 しかし、1Fをグルリと一周してみたがトイレが見当たらない。やむなく管理スタッフに尋ねると、表を出たところにあるという。
そこで、表のチケット切りの叔父さんに断って外に出た。風がビューと吹きつけてくる。トイレは階段を少し下りたところの右手にあった。そこそこ綺麗だ。良かった。用を足して外に出ると、事件発生。だが、この事件はZの名誉にかかわるので、公開しません。
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【磨山<9>】 |
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【磨山<10>】 |
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再び楼閣に戻ると、表演会が始まるところだった。古代の楽器を抱えた者たちが後部に座り、踊り子が前部に立って挨拶をしている。無料の表演会のようで、チケットを売っている様子はない。Zが「見ていこう、見ていこう」と私の手を引っ張る。そこで、2Fに上がって、上から表演会を楽しむことにした。
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【磨山<11>】 |
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【磨山<12>】 |
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【磨山<13>】 |
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【磨山<14>】 |
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【磨山<15>】 |
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二人の仙女たちが体を回転させて、長い袖を優雅に空中で躍らせ、周囲では古代の楽器が音楽を奏でている。そんなイメージで表演は行われた。普段はうるさい中国人たちも、こうした時はさすがに静かだ。Zも真剣に見入っていた。
表演が終わると、土産物屋を回りながら、楼閣の最上階まで上がった。ここからは東湖が一望に見渡せる・・・のではないかと思うが、あいにくの霧で遠景は一切見通すことができない。屋内に目をやると、鐘がある。よし鐘突きをやるとしよう。
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【磨山<16>】 |
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【磨山<17>】 |
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【磨山<18>】 |
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鐘のすぐそばに説明書きが置いてあって、1回突くと2RMB、3回で5RMB、6回で10RMB、9回で30RMBとある。多く突けば突くほど、ご利益があるようだが、なんだか料金構成がおかしくないか?
ともあれ、鐘は3回もつけば十分だ。5RMBを払って、ゴーン、ゴーン、ゴーン。今回の旅で3度目の鐘突きだ。なんかご利益あるかな。
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【磨山<19>】 |
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楼閣を出ると、もう一度だけ、Zの説得を試みる。「滑り台で降りない?」。「やだ!」。終わり。まぁ、石段をのんびり歩いて下るのも悪くないさ。
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【磨山<20>】 |
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石段を下っていくと、下から大勢の軍人が上がってくる。若者ばかりだ。皆制服を着ているから、休暇というよりも、研修活動の一環というところだろうか。中国の軍人というとほとんど何の楽しみも与えられないのかと思っていたが、こういった観光地見学もあるのだなあ。でも、こんなに大勢いるとちょっと怖いぞ。
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【磨山<21>】 |
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下まで降りると、道路際に地図プレートが設置されていて、湖の真中を突っ切って道が走っているようなことが描かれている。「遠そうだけどトライしてみるか?」。「うん」。意見の一致を見たので、湖の真中を走っているという道の方向に足を向けた。しかし、歩けど、歩けど、湖に出る道が見えてこない。出発地点までですら、こんなに遠かったら、とてもではないが湖の中を走破は不可能だ。「やっぱやめようか?」。「うん」。意見の一致を見たのであえなく冒険中止。今日は十分あちこちに行ったから、そろそろ切り上げるとしよう。
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【磨山<22>】 |
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帰りは、道際にある芸術(?)公園の中を通って戻った。西洋風や中国風の彫像がたくさん設置されている。中国の公園というのは、意外に西洋系の彫像が多い。せっかく偉大な歴史があるのだから、自国の文化だけで押し通した方が一貫性が出て良いと思うのだが、中国人はそうは思わないのかもしれない。もっとも日本も完全な混合文化だし、西洋風の彫像とかもあちこちに立っていたような気もする。西洋人も日本に来て、西洋の芸術ものを見ると、こんな感じを受けるのだろうか。
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【磨山<23>】 |
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【磨山<24>】 |
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【磨山<25>】 |
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【磨山<26>】 |
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【磨山<27>】 |
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【磨山<28>】 |
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【磨山<29>】 |
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【磨山<30>】 |
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【磨山<31>】 |
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湖のそばに大きな彫像があり、Zが「私あそこで写真をとって欲しい!」と宣言をした。だが、大勢の軍人が彫像を取り囲んで、代わる代わる写真をとっている。人数は多いし、ポーズをつけながらとっているので、なかなか終わらない。軍人が相手では、そばに立って、待っているんだぞ!とプレッシャーをかけるわけにもいかないので遠くからしばらく見守っていた。だが、いつまで経っても終わる気配がないので、諦めて出口へ向かうことにした。
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【磨山<32>】 |
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【磨山<33>】 |
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出口に向かっていると、Zが、「○〇(私の名前)、ほら、水鳥がいるわよ」と湖を指差す。どれどれ、とZが示す方向に目をやるがわからない。「見間違えじゃないのか」。「疑うんだったら、10RMB賭ける?」。いや、待て待て。Zの視力は異常なぐらい良い。私などが気がつきもしない、川魚のわずかな動きでも、魚の居場所が特定できるぐらいだ。恐らく、単に視力の問題ではなく、判別力かなにかに優れているのだろう。それにZは、絶対に自信のあるときしか、自分から賭けを言い出すことはない。Zがいるというからにはいるに違いない。さらに目を凝らすと、私にも見えてきた。確かに3つほど何かが浮いている。あれが水鳥か。俺には石の塊にしか見えないよ。でも、石の塊が浮いているわけもないし、仮にごみだとしても、三つ仲良く浮いたままというは不自然だ。Zの言う通り、水鳥なのだろう。「どう、賭ける?」としつこいZに、「ほら、行くぞ!」と声をかけ、水際を離れた。
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【磨山<34>】 |
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【磨山<35>】 |
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【磨山<36>】 |
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【磨山<37>】 |
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城門間際のところに横丁があったので、入ってみる。入口は古めかしくていい感じだったが、土産物屋となぜかお化け屋敷があるだけの面白みのない通り。途中まで行ってユーターンで引き返すことになった。
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【磨山<38>】 |
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【磨山<39>】 |
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【磨山<40>】 |
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城門を抜けて、バス乗車(16:05)。バスの中は、暖房がきいていて暖かい。あまり気にしていなかったが、寒さで大分体力を削られていたようだ。気が付くと、ウトウトと眠ってしまっている。直行バスではなく、各停バスなのであっちへ行ったり、こっちへ行ったりとなかなか表通りへ出ない。しばらくこの暖かさを楽しむとしよう。
16:50、バスの進行方向を地図で追っていると、別の方向に曲がりだしたので、下車することにした(漢口橋頭)。次の目的地である「漢正街」までだいぶ近づいている。バスの乗り継ぎで、たどり着こうとバス停で待つが、希望する路線のバスがなかなか来ない。もう空も暗くなりつつあるので、タクシーで行くことに決定。
「漢正街!」と運転手に告げると、運転手が「漢正街・・ね」と戸惑いを見せる。ガイドブックによると、「商品市場」とある。もしかして、問屋街なのか。「春節だと店開いてないのかな?」と話を振ると、「卸問屋だからなぁ。春節前はにぎやかなんだけど・・・」と答えが返ってきた。
大外しか。そうは思ったが、「漢正街」は映画の舞台にもなったというほど有名な場所、例え人っ子一人いなくても、行っておかねばならない。
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【漢正街<1>】 |
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17:00、「漢正街」着。想像した通り。というか、想像した程も人がいない。お店が一軒も開いていないのだから当然だ。タクシーは、やばいという様子で、お金を受け取るとそそくさと走り去った。
「ほらー、春節に卸問屋が開いているわけないのよ」とZが声を大きくする。
(お前、さっきまで『漢正街』が何かも知らなかっただろ・・・)。
心の中でそっとつぶやいたが、口には出さない。言っても無駄だし・・・。
Zの根拠のない非難を、「わかった、わかった。ちょっと静かにしろ」と言ってかわして、道を進む。どこまで行っても、店は開いていない。こんなに仲良く休むこともないんじゃないかと思うが、考えてみれば、湖北ではずっとこの調子だ。湖北の人は本当に徹底して休むなぁ。
十字路のところに、なぜか輪投屋があった。うさぎやら、小鳥やら、金魚鉢に入った金魚やらが、籠の中に入れられて並んでいる。こんなので商売が成り立つのか?地面に「1元5回、籠に輪投げ全体が入ったら有効、一部が籠にかかったら無効」というようなことが描かれている。なるほど、なるほどと見ていると、子供たちが数人やってきて、挑戦し始めた。ああ、子供相手の商売なのか。春節で、お小遣いをもらった子供目当てで店を開いているわけだ。しかし、あの兎、当たったら晩飯になっちゃうのかな?
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【漢正街<2>】 |
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【漢正街<3>】 |
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寂しげな道をまっすぐ歩いていくと、こんどは串焼きの屋台に出くわした。少しお腹が空いたので、焼き豆腐を数本注文して食べる。串焼き豆腐は中国のどこにでもあるが、湖北では、このような長方形の豆腐を串に刺したものが多いようだ。こういった豆腐の形とかは、卸売り業者がまとめて作っているから、そのような形になるのか、或いは、単なる横並び現象で同じ形になるのか、どっちなんだろう。
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【漢正街<4>】 |
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結局、何も珍しいものを発見することなく、「漢正街」を抜けてしまった。「次はどこへ行くの?」とのZの問いに、「昨日行った『江漢路』まで歩いて行く」と答えると、「絶対嫌!」と即答が返ってきた。「近いよ」。「近くない」。「いや本当」。「絶対近くない」。「じゃあ、『江漢路』までのタクシー代、Zが出してくれ」。「・・・・・嫌!」。「さあ、出発だ〜!」。強引に出発を宣言し、さっさと歩き出す。Zは仕方なしに後ろからついて来る。
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【漢正街から江漢路まで<1>】 |
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行けども、行けども、到着しない。歩くこと30分、前方に面白そうなものがある予感・・・。屋台の周りに人垣ができている。駆け寄ってみると、いわゆる大餅(ダービン)の屋台。大餅そのものは珍しくない。練って味付けした小麦粉を鉄板などの上で焼き上げる素朴な食べ物である。今回の旅の到着地である「宜昌」でも散々見たし、食べもした。
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【漢正街から江漢路まで<2>】 |
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だが、ここの大餅(ダービン)はちょっと違った。鍋の中でアツアツになった、たくさんの石ころの上に、伸ばして広げた練り小麦粉を放り込み、その上にさらに石ころをぶっかけて焼くのである。何とダイナミック。焼き上がると、石をどけて大餅(ダービン)を取り出す。当然、石ででこぼこの形。それがまた、イイ。お味は?同じ大餅(ダービン)だから、大して違わないだろうと思うだろうか。全然、違うのだ。普通の大餅(ダービン)の3倍ぐらいは美味い。皮もぱりぱりだ。
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【漢正街から江漢路まで<3>】 |
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裏道を通って、本当に良かった。この道を通らなければ食べられなかったかもしれないし・・・。ちなみに、この大餅(ダービン)の名前は、石餅(シービン)と言う。どこが本場なのだろう。それとも、あのオジサンの独自商品か。
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【漢正街から江漢路まで<4>】 |
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石餅(シービン)の写真をゲットして、意気揚揚となった私。いつもにまして元気よく歩く。Zは常に私の5メートルほど後ろを歩いて、意に染まない徒歩であることをアピールしようとしている。だが、この辺りは、タクシーすら通らない。もはや、逃げ道はないのだよ、Zくん。
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【漢正街から江漢路まで<5>】 |
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漢正街を出てから1時間以上が過ぎた。・・・まだ着かない。石餅(シービン)の屋台以後、面白い出来事もなく、ただただ歩くのみ。さすがに疲れてきた。今何時?もう6:20だよ。いつになったら、到着するのだろう。
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【漢正街から江漢路まで<6>】 |
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6:50、「江漢路」到着、到着。2時間近く歩いた。寺巡りとして、磨山へ行って、最後に徒歩2時間。さすがにヘトヘトだ。
「さすがに疲れたね」
「自業自得よ!」
Zが放つ冷たいお言葉。だが、Zも相当疲れているようだ。
「江漢路」は昨日散々ウロウロしたので、もう十分だ。
食事を軽く済ませると、タクシーに乗車。ホテルへ戻ることにした。
7:30、ホテル着。今朝クリーニングに出しておいた衣服は、そのままだと明日の12:00ぐらいにならないと戻ってこない。明日は、「武当山」に向けて出発することになったので、このままだと間に合わないことになる。最悪、濡れたままでもいいから、とりあえず衣服をひきとろう。そう決めて、フロントに電話をする。すると、「明日の何時に必要ですか」と尋ねてきた。「6:30には欲しい」と答えると、「わかりました。それまで仕上げてお渡しします」と返事が戻ってきた。(おー、これは助かる)とは思ったが、本当に間に合うのだろうか?「本当に間に合うのか?」と重ねて尋ねると、「大丈夫です。そのように言っておきます」と自信ありげな様子である。うーん、不安だ。まぁ、半分ぐらいでも乾いていればなんとかなるか。
明日は、「武当山」に向けて出発。「十堰」で一泊することになるのか、或いは、今日中に「武当山」ふもとの街まで行くことになるのかわからない。本日が1月30日で、襄樊から広州へ戻るのが2月5日。まだ一週間もある。今回の旅行は特別に長い。「武当山」と「襄樊」。双方ともに行ってみたかった場所だが、両方とも行くことになるとは思ってもみなかった。Zの我ままで、とんだ長旅になってしまったが、後になってみれば有難い我ままだったということになるかもしれない。そうそう湖北にやって来れるものでもないし・・・。まぁ、今はあまり多くを考えても仕方がない。明日一日が無事過ぎるよう祈るとしよう。ご機嫌でテレビを観ているZを横目で眺めて、眠りについた。
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