麗江市の旅2


2010年2月10日
 今回は遠い日本からはるばるやってきた妹を連れた旅行だから、妹を迎えにいくところから書こうと思う。

 明日から春節休暇である。夕方5時、退勤時間とともにダッシュで家に向かう予定だった。ところが、午後4時頃にメール・トラブルが発生し、対処にもたもたしているうちに5時半になってしまった。 焦る心を抑えながら、いつもの電気自転車タクシーに乗って帰宅。工場の制服を脱ぎ捨てるように放り出して、アパートを出た。

  アパートから落馬洲(福田口岸)までは白タクを使った。道路が込んでいたせいか、1時間ほどかかって落馬洲に到着。出境ゲートをすんなりと抜け、地下鉄に乗って上水で下車。それから、A43のバスに乗って香港空港に向かった。私が最後に香港空港を利用したのは3年前で、それ以前となると10年ぐらい遡らなければならないほどだ。だから、香港空港までの行き方に自信が持てず、出張者の方々にだいぶ教えて頂いた。おかげで、スムーズに移動ができ、夜8時過ぎには香港空港にたどり着くことができた。

 妹が到着するまで、ずいぶんと時間がある。そこで帰りの交通手段を確認することにして、出張者のTさんに参考にともらったパンフレットに従って、「永東公司」のカウンターを探した。パンフレットの地図だけ見ていた時は探し出すのが大変かなと心配していたが、実際に空港で探してみると意外なほどあっさりと見つかった。ここでチケットを買ってバス (バン?)に乗れば、香港・中国の入出境ゲートで下車することなく(中国側に入ってから一度乗り換えがあるそうだが)アパートの近くまで一直線に帰れるという話だから、ずいぶんと面倒が省ける。

 8時半頃までコンビニ巡りで時間を潰した後、ゲートの出口で妹が現れるのを待った。次々と出てくる到着客に目を凝らして妹の出現を待つがなかなか現れない。本人の弁によると以前にも増して「デッカク」なったという話だから、見逃すことはないだろう。 荷物の受け取りに手間取っているのかもしれない。
 しかし、遅い。どうしたんだろう。飛行機の到着自体が遅れたのだろうか?そんな風に考え始めた時、斜め後方から耳慣れた声が聞こえた。
 「お兄ちゃん!」
 慌てて振り返る。どこから来た声だろう。
 「お兄ちゃん!」
 人込みの中をかき分けるようにして妹が姿を現した。
 いつの間に出口を抜けてきたのだろう。尋ねてみると、確かに私の目の前の出口を通り抜けていったとのこと。ちょっと目を離した隙にするすると通っていってしまったのだろうか。とても見逃せる大きさではないのだが。

 ともあれ、3年ぶりの再会を喜び合った。
 「お腹空いてる?」
 「空いてる。空いてる。機内食がまずくて全然食べられなかったのよ」
 「そうか。じゃあ、そこのコンビニで何か買おう。時間の余裕があまりないから、車の中で食べられるものがいいよ」
 出口近くのコンビニに連れて行ってやると、「何か珍しいものがいいわ」と商品の物色を始めた。
 ちょうどパンのタイム・セールをやっていたので、「3個、9.9HKドルだって」と勧めてみる。
 「パンかぁ。これ何?」
 「うーん、チーズ系じゃないか」
 「これは?」
 「うーん、わからないなぁ」
 「これは?」
 質問攻めである。そういえばもともと好奇心旺盛な奴だった。
 結局、パンは買わずに、中華おにぎり系の食べ物と梅レモンのジュースを買ってコンビニを離れた。

 再び「永東公司」のカウンターへ。
 「○○行きを二枚」
 受付のスタッフに住んでいる街の名前を告げた。
 ところが、「もう○○行きのはありませんよ。皇崗までしか行きません」との返事。
 「本当にないのか」
 「そうでです。でも、問題ありません。そこからタクシーに乗ればどこへでもいけます」
 それはその通り。そもそもパンフレット上の時刻表にも○○行きの車両は午後4時半頃までだと書かれていた。出張者の人が「たぶん、その後もありますよ」と言っていたのを私が勝手に「ある」と確信してしまっていただけだ。うーむ、あまり夜にタクシーには乗りたくないのだけど、ないものはない。皇崗までのチケット(150HKドル/枚)を2枚購入した。
 「車のところまで連れて行ってくれるんだよね」
 「はい。すぐに出ますので、そこでしばらく待っていてください」
 Tさんから聞いていた内容を確認すると、スタッフの女性はそう答えてから、「永東」と印刷されたシールを私と妹の服の上にぺたりと貼った。
 すぐに次の客が来てチケットを購入し、私たち同様にシールを貼られた。ベビーカーに小さな子供を乗せた父親だ。母親の姿はない。それで出発かと思ったら、スタッフ同士でおしゃべりを始めてまったく動く気配がない。
 妹が「ねぇ、まだ行かないの?」と聞いてきたので、スタッフに「まだ出発しないのか?」と尋ねると、「もうすぐ出発しますから待っていてください」と返事が戻ってきた。
 「たぶん、ある程度客がいっぱいにならないと出発しないんだよ」
 妹に向かって説明を試みたが、訝しげな表情をみせるだけだ。日本のように時刻で発着するバスが当たり前の国で生活している彼女にとって、「客がいっぱいになってから出発」という感覚は理解しにくいものがあるのだろう。
 「まぁ、そのうち出発するよ」
 そう付け加えることしかできなかった。

   さらに10分ほどが過ぎた頃、スタッフが電話でわいのわいのとやり取りを始め、それが終わると私たちに声をかけてきた。
 「着いてきてください」
 ようやく出発か。私たちとベビーカーの親子はスタッフの後ろに歩き出した。 どこまで行くのだろう。それにしても、わざわざ一緒についてきてくれるなんて親切だな。待たされたことを忘れ、わずかばかり感謝の念が湧いてきそうになったところで、スタッフはピタリを歩みを止めて振り返った。カウンターから10メートルほど進んだ渡り廊下の入口のところだった。
 「ここからまっすぐ行って階段を左の降りて・・・」
 行き先を説明し出したのだ。
 「連れて行ってくれるのじゃないのか?」
 そう尋ねてみたが、スルーされてもう一度最初から説明を始めた。
 おいおい、わからねぇよ。途中まではわかるが、その先がわからない。行ったことのない場所だから全くイメージができない。だいたい、着いた先でどうしたら良いんだ。
 困惑しながらも、スタッフの話を聞き終えて歩き出した。最悪、もう一度戻って道を聞き直せば良い。次は最後まで連れて行ってくれることだろう。
 通路を先まで歩いて行って、言われた通りに階段を降りた。だが、その先がよくわからない。
 「お兄ちゃん、どっちいくの?」
 私の不安を敏感に感じ取った妹が聞いてきた。
 「いや、ここからはよくわからないんだよね」
 「だったら、あの人に聞いてみたら?」
 妹は私たちの後ろに少し離れてついてきたベビーカーの親子を振り返って言った。
 「そうだな・・・」
 幸い、この父親も私たちのあとに、スタッフから道順の説明を受けていた。この人に先導してもらうとしよう。
 「すみませんが、ここからどう行ったら良いのでしょうか?」
 「えっ、あなたは知らないのか。さっきスタッフに聞いていたんじゃないのか」
 男性は驚いた様子で答えた。
 「ええ、聞いたことは聞いたのだけど、途中からよくわからなくなって・・・。そちらも聞いてたんじゃないですか?」
 「聞いたよ。あなたに説明したから、あなたについていけと言われたよ」
 男性はきちんと聞いていなかったお前がわるい。どうするんだ!という非難するような目でこちらを見た。
 (あらら、俺の責任?)
 そりゃ、困った。どこかに目印でもないものか・・・。周囲をキョロキョロと見回す。
 「お兄ちゃん、誰かに聞いたら?」
 妹が声をかけてきた。
 「うーん、聞くっていってもなぁ」
 「ほらっ、あの人たちに聞いたら?」
 ちょうど歩いてきた制服をきた女性の二人組みを指差した。
 「うーん」
 「ほら、ほら、聞きなよ。何で聞かないの」
 「うーん」
 妹は気軽に言うが、私はどこへ行っても見知らぬ人に道を尋ねたりは滅多にしない。日本ではどうだったかもう忘れてしまったが、少なくとも中国では道など聞かない。中国だったら、バイタクに乗ったほうがむしろ安全で確実だ。むやみに物を尋ねてたら、ペテン師や客引きを招き寄せるだけだからだ。
 「ほら、聞きなよ」
 そんな私の心の迷いには気づかず、プッシュしまくる妹。言葉ができれば自分で聞くのだろうが、そうできないから、イライラするのだろう。妹の気持ちはよくわかる。まぁ、ここは中国ではなく、香港だ。そんなに悪い奴はいないだろう。英語も広東語もできないので北京語で聞くしかないのはちょっと嫌だが・・・。
 「すみません、永東バスの乗り場はどこでしょうか」
 「『永東』・・・、あちらですよ」
 女性は少し首をかしげてから、私たちの後方を指差した。
 振り返ってみると、少し離れた柱の後ろに『永東』のカウンターが見えた。
 「ありがとう」
 お礼を言ってそちらへ向かう。そうか、いきなり車があるわけじゃなくて、もう一つカウンターがあるわけだ。全然違うものを探していたから、目に入らなかった。
 カウンターにいるスタッフに声をかけると、しばらくそこで待っていてくれと周囲にある待合席の一角を指差された。一番そばの席にはすでに一組、先客が座っていたので、少し離れたところに座る。私たちと一緒にきた父子も別のテーブルに席をとった。
 
 席について待っていると、しばらくしてカウンターのスタッフから声がかかった。 カウンターの後ろにあるドアから外に出ると、黒塗りの高級ミニバンが待っていた。すでに他の客が荷物を載せ始めている。私たちも後に続いて乗り込んだ。ここまでくれば一安心だ。出張者の人の話によると、この車は中国・香港を行き来できるダブルナンバーの車で下車せずに入境・出境できるということだった。ただ、今回は皇崗口岸までしか走らないということだから、中国側の方は歩いて抜けることになるのかもしれない。
 運転手が入境・出境に必要な書類を配ってくれたので、さっそく記入をする。なんだか、書類が少ないような気がするが、とにかく記入。妹にも記入をしてもらう。自分でやったほうが覚えるだろうから、敢えて手伝わない。私のを参考に書くように言う。
 やがて、香港側の出境所に到着。運転手が乗客たちのパスポートを集めて職員に手渡した。職員は開いた窓から乗客の一人一人の顔を確認し、それが終わるとパスポートを返した。バンは再び走り出す。おやおや、 香港側はパスポートの確認だけで、書類の提出はなしで良いのか。ちょっと不思議な感じがする。今回だけか?
 車はさらに走った後、皇崗口岸の前で停車し、全員下車。運転手に尋ねると、やはり中国側は各人歩いて抜けるのだそうだ。タクシーを離れ建物の中に入ろうとしたとき、私たちが乗車していた車の運転手が大慌ての様子でこちらにやってきた。荷物が一つ残ったままなのだという。そこらじゅうの人に声をかけているが、持ち主はなかなか見つからない様子だった。私たちも他の乗客の顔など覚えていないから、手伝いようがない。ちらちらとそちらを眺めながらも、そのまま構内に入った。
 中国への入境は夜遅いこともあってあまり人がおらず、スムーズにいった。タクシー乗り場がわからず、周囲を見回していると、妹が声をかけてきた。
 「ねぇ、誰か聞いたら?」
 「いや、ここで聞いてたりすると白タクの運転手が来てうるさいから」
 「そう・・・」
 妹は不満そうながらも黙った。
 幸い、タクシー乗り場への行き先案内板が見つかり、そちらの方向へ進むとタクシーが両脇にずらっと並んでいた。すぐに順番が来てほとんど待つことなく乗車することができた。
 「○○(私が住んでいる街の名前)まで」
 皇崗のタクシーはたちが悪いという噂を聞いたことがあるから、ちょっと心配だ。
 「いくらだ?」
 運転手のほうが聞いてきた。
 「いや、お前はいくらで行くんだ」と聞き返す。
 「○○RMB」
 「高過ぎる」
 「じゃあ、いくらだ」
 「○○RMB」
 来るときに使った白タクに払ったのと同じ金額を言った。
 「うん、わかった。○○RMBだな。お前が話がわかる奴なら、俺も話しがわかる奴だ。それで決まりだ」
 運転手は一瞬考えた後、そう答えた。

 後はアパートまで一直線。乗車中、妹はずっとハイテンション。これは今回の旅行中、ずっと続いたことだが、車の運転の荒さに驚いてた。「怖ええっ、げぇ、危ない」と始終大騒ぎだ。私は車の運転ができないので、運転の荒さというものがよく理解できないが、妹は日本で自分が運転しているから中国人の運転がすごく危険に感じられるらしい。
 道路脇の春節のぼんぼりに気づいて「あれっ、いつもあるの」と質問してきたかと思うと3、4人乗ったバイクや逆走するバイクに驚きの声を上げ、急に「ねぇ、お兄ちゃん、道わかるの」と心配そうな声を上げたりする。本当に忙しい。
 荒い運転にはやがて慣れてきたのか、今度は大笑い始めた。これを聞いた運転手は中国の無秩序な状態を笑われたのかと勘違いをして、長々と説明を始めた。
 「中国はまだ貧しいんだ。まだ食べるものも十分じゃないし、教育も受けていない人がたくさんいる。あなたたち先進国とは違って貧しいから、仕方がないんだ。外国人から見ればおかしなことばかりだろうけども・・・」
 (いや、中国人を笑っているわけじゃなくて、妹はこういう性格なの・・・)
 説明してもわかってもらえそうもないから、黙ってうんうんと頷いてやることにした。
 (あんまり笑わないほうがいいよ)と妹に言おうかと思ったが、やめた。まだ中国に入ったばかりだから仕方がない。別の機会に言うとしよう。
 それにしても、これだけの笑い声を聞くのは久しぶりだ。考えてみると、中国人はオーバーリアクションで笑うことが少ない気がする。これも文化の違いだろうか。それとも、私が工場勤めのため周囲にそうのような人が少ないからだろうか。

 夜中の12時近くになって、アパートに到着。Zはやや緊張した面持ちで、妹との初対面を果たした。
 「お腹空いてる?」
 妹は空港のコンビにで買った食べ物に手をつける余裕がなかったようだったので、聞いてみた。
 「空いている、空いてる」
 「俺も空いているから、ケンタでも買ってくるよ」
 Zに声をかけた。
 「私が行ってくるわ」
 なぜかZは、即座に反応し、私を押しとどめて外に出て行った。滅多にないことだ。
 「ねぇ、奥さん、こんな夜中に一人で出て行って大丈夫なの。外国人じゃないから?」
 妹が気遣って尋ねてきた。
 「うーん、まぁ、この辺はそんなに危ないことはないよ。ひどく酔っ払ってでもいなければ大丈夫だ。多分、○○(妹の名前)にまだ慣れていないから、二人きりになりたくなかったんじゃないのか。間がもたないから」
 「ふーん」
  人見知りということが理解できない妹は不思議そうな様子を見せた。(昔は物凄く人見知りだったのだけど)。

 しばらくして、Zが中華ごたまぜラーメンと野菜炒めと肉炒めの夜食をもってきた。ケンタは品切れだったらしい。中華ごたまぜラーメンは私が良く食べる夜食の一つだ。発泡スチロールの入れ物にビニル袋をかぶせ、その中にスープとラーメンと具が入れてある。初めての中国でいきなりこれはキツイかなと思ったが、妹は美味しい、美味しいと食べてくれた。

 さあ、明日は麗江に向けて出発だ。
2010年2月11日
 朝6時半頃、タクシーに乗って近くのホテルへ点心を食べに行った。
 妹は慣れないベッドだったため、あまり眠れなかったらしいが、食欲は旺盛。普段の2倍ぐらい注文しているにもかかわらず、全部平らげた。香港のような洗練された点心ではなく、広東省のローカルな点心だったから、口に合うかどうか心配だったが、美味しく食べられたようで安心した。
 朝食を食べ終わると、一旦私のアパートに戻った。
 
 一休みして8時過ぎに出発する予定だったが、会社から電話でトラブルの連絡が入った。出発間際になんと言うことだ。電話で対応するが、なかなか解決しない。今日の予定は、まず広州に出て、そこで妹が昼食時に友人と会うことになっている。それから広州の空港へ向かう。麗江への飛行機に乗るのは夕方5時過ぎだ。
 妹に「申しけないけど、友達に合う時間は避けないかもしれない」と伝えておく。妹はすぐに友人に電話して、「会えないかもしれない」と説明してくれた。出発間際から辛い状況になった。一度、会社に行ったほうが良いかと考え始めた頃、再び電話があり、問題は自然消滅したとのこと。助かった。しかし、自然消滅した問題は再発生も容易だ。気が晴れない。
 8時半、出発。タクシーに乗車して、バス・ステーションに向かった。5分で到着し、すぐにチケットを購入する。しかし、春節のため広州行きの客が多く、10時20分発のバスまで待たなければならないことがわかった。時間つぶしのため、近くのファースト・フードに入ることにする。
 席について注文をしようとメニューを見ていると、会社から電話が入った。またもやトラブルである。今回のトラブルは比較的軽度だ。幸いなことにバスの出発まで1時間以上ある。会社に行って、ささっと対処すれば、余裕で戻ってこられる。 Zと妹に事情を説明して、会社に行くことにした。
 店のすぐ前で電気自転車タクシーをつかまえ、工場に向かってもらう。工場まで5RMB。この辺りでは有名な工場なので、場所を知らない運転手はまずいないから説明の手間がいらず楽だ。
 「安全第一で頼むよ」
 いつものように声をかける。
 「大丈夫、安心してくれ」
 運転手は受けあった。
 うん、感じのよさそうな運転手だ。そこで提案をする。
 「工場の前で20分ほど待っていてくれないか。帰りの分も含めて、追加で10RMB払うから」
 「・・・いいよ。問題なし」
 運転手はちょっと考えた後、快く応諾してくれた。
 これで戻りの心配なし。
 工場に着くと、急いで階段を上がり、サーバ室でトラブル解決。それからオフィスの現場で状況確認。予定通り問題が片付いたので、すぐに工場を出て、再び電気自転車タクシーに乗ってファースト・フード店に戻った。

 店に戻ると、Zと妹が楽しそうにおしゃべりをしている。すっかり打ち解けあったようだ。夢中になってしゃべっている。もっともしゃべっているのはほとんど妹のようだ。果たしてZは妹のハイスピード日本語についていけてるのだろうか。非常に疑問・・・。
 「お兄ちゃん、大丈夫だった」
 「ああ、大丈夫」
 しばらく私もおしゃべりに参加した。
 それから、バス・ステーションに移動。10:20、時刻通り、出発。広州までは一人55RMB。妹は今日もハイ・テンションで、通路から前方を見ては「怖ええぇ、うぁ~、怖ええっ」を連発している。中国人の運転はよほど荒いらしい。

 11:40、広州市バス・ステーションに到着。すぐそばのタクシー乗り場からタクシーに乗車する(28RMB)。ここから妹の友人がいるという広州東駅付近へと向かった。
 私が始めて広州市内を巡ったのは2002年のことだ。広東省の東莞市橋頭鎮で仕事を始めたのは2000年のことだったから、2年近く経って初めて広州市内巡りをしたことになる。橋頭鎮にいた頃は、東莞市の各鎮を巡るのが楽しくて広州まで手が回らなかったのだ。結局、そこでの仕事を退職してから初めて広州市へ行くことになった。その時、到着したのが広州東駅で、真新しいできたばかりのビジネス街に感動させられたものだ。
 タクシーでの移動中、またもや会社からトラブルの電話である。工員食堂のカードリーダが全部故障し、動かないという。最悪だ。電話だけで解決がつくか?麗江に着いてしまってからなら他の思い切った手も打てるが、出発前に聞いてしまったのではそうもいかない。これは、私は旅行を諦め、Zと妹だけで行ってもらうしかないかもしれない。Zが私抜きで大きな旅行をするのは初めてだが、私と一緒に相当数場数を踏んでいるから、妹を預けても十分いけるはずだ。或いは、妹に麗江旅行を諦めてもらって、広東省内の旅行で我慢してもらうかだ。広東省内の自然も、連州の「地下河」、韶関の「丹霞山」とを巡れば、中国が初めての妹であれば十分満足できるはずだ。ただ、せっかく中国に来たのに日本ではほとんど知られていない場所というのも、やや寂しいところだ。最終的には本人に選ばせるのが一番か・・・。
 田舎に帰った部下に電話をし、状況説明。電話で解決できるものなら解決し、駄目なら再度電話をくれるように頼む。あとは、結果を待つだけだ。Zには、「トラブルが解決しなかったら、Zと妹だけで行ってもらうことになるかもしれない・・・」と伝えておく。「絶対無理!」と拒否されるかとも思ったが、意外にも「うーん、私自信がないないなぁ」という回答である。 Zの場合、これはOKという返事である。以前から一度一人で旅行してみたいと言っていたから、良い機会になるかもしれない。


 12:20、妹の友人が住んでいる高層マンションに到着。友人がマンションの出入口まで迎えに来るまでの間、 何度か部下と電話をやりとりする。結果、問題は無事解決。というより、実際には連絡してきた者の勘違いで、故障ですらなかったらしい。ふぅ~、これで麗江へ行けそうだ。Zに伝えると、「良かったね」と 表情を緩めた。けっこうプレッシャーを感じていたようだ。
 妹の友人が出てきたので挨拶を交わし、ここで一旦お別れ。半年振りぐらいに会う友人との再会をゆっくり楽しんでもらうことにする。 空港行きリムジンバスの発着場を教えてもらって、そこを離れた。
 私とZは、当初の予定では、以前から行ってみたかった広州東駅そばにある日本漫画喫茶に行くはずだった。しかし、こちらへの出発が1時間以上遅れたため(おかげでトラブル解決ができたわけだが)、そんなに時間の余裕がなくなった。そこで、すぐそばにあったマクドナルドで昼食兼時間つぶしをすることにした。
 Zがハンバーグ・ポテト・コーラのセット、私はローカボ・ダイエット中だから、ナゲットとコカコーラ・ゼロを頼んだ。
 「○○(私の名前)は席とっておいて」
 「わかった」
 普段は私が商品を運ぶ役なのだが、今日はリュック以外にボストンバッグを持っているため、Zが商品を運び私は席をとる役となった。
 昼時とあって客が多い。見回してみると、インターネット用のPCがおいてあるコーナーがあったので、そのすぐそばに席をとった。液晶モニタのそばにプレートが貼ってあり、「無料、一人30分まで」と印刷されていた。これは良い時間つぶしになる。食事が終わったら、さっそくやってみるとしよう。
 「おっ、きたか」
 「重い。持って」
 「わかった、わかった」 
 手を伸ばして商品が載ったトレーを受け取り、テーブルの上に置いた。
 「なぁ、ゼロはどっちだ?」
 「あれっ・・・、どっちだっけ忘れちゃった」
 「え~、忘れたのかよ」 
 「味見てみればわかるわよ」
 「それも、そうだな」
 普通のコーラは刺激が強く、ゼロはやや甘い味だ。いつも家ではゼロ、外食時は普通のコーラを飲んでいたから違いはすぐにわかるはずだ。
 ゴクゴク・・・。ゴクゴク・・・。
 「わからない。Zはわかるか?」
 ゴクゴク・・・。ゴクゴク・・・。
 「わかんない」
 「そうだよなぁ。何でわからないんだろう」
 マクドナルドのコーラは、家とかレストランで飲む缶入りと違って氷が入っているためか、二人とも違いがわからない。結局、私はコーラは諦めて、改めてコーヒーを持ってきてもらった。
  ナゲットのセットなど私の胃袋にかかれば一瞬だ。パク、パク、パク。数分も経たないうちに食事終了。物足りないが、飛行機でも何か食べられるからいいだろう。 さっそく無料のインターネットをやってみる。とりあえず、自分のホームページを見てみたりする。うん、きちんと出てきた。ホームページをいつまでもFrontPage2003で作るのも限界がある。FrontPageはVista・Windows7には対応していないから、ここ数年以内には遅かれ早かれ別のソフトに移行しなければならない。値段的に手頃なのはIBMホームページビルダーだが、努力しなくてもいろいろ出来すぎるから、何も新たなものを覚えられない気がする。理想としてはやはりDreamWeaverを使ってみたい。けれども、値段が高い。本当に悩みどころだ。
 いつも見ている他のホームページも見てみる。全てきちんと表示される。ただし、日本語の入力ができないから検索がうまくできない。 表示させられるのはURLを覚えているものだけだ。それに周囲は中国人ばかりだから、日本語のホームページを見るのはなんとなく落ち着かない。十数分ほどやっただけでインターネットの席を離れ、Zのところに戻った。 あとはやることもないので、ビル内のテナントをみたりして時間つぶしをする。
 ふと気になって、エア・チケットを出してみた。すると、5:10発と印刷されている。てっきり5:30かと思っていた。妹には2:30に戻ってくるようにと伝えていたが、もうちょっと早めに切り上げてもらったほうが無難そうだ。さっそく電話をし、予定をはやめてもらうことにした。

 マクドナルドのすぐ近くにあるリムジン発着所でチケットを購入(20RMB/人)。しばらくして妹が友人と姿を現した。バスもすぐに来たので乗車。すぐに出発すると思いきや10分近く停車していた。妹の友人は、その間、ずっと外で待って発車を見送りしてくれた。異国での友人との出会いとはいいものだ。
 発着所のプレートには空港まで1時間前後と書かれていた。2:10の発車だったから、到着するのは3:10前後ということか。遅くなっても3:40には着くだろうから、余裕で間に合う。よほど渋滞しても大丈夫だろう。

 2:50、空港到着。道路はがらがらで予定よりもずっとはやく空港に到着した。これだったら、広州駅そばの発着所から出たのとあまり変わらない。ロビーに入るとすぐに電子ボードでチェックインカウンターを確認し、カウンターに向かった。
 まだチェックイン開始まで時間があるなと考えていたら、すでに始まっていた。慌てて列に並ぶ。
 「お兄ちゃん、一番前ね。忘れないでよ」
 今日、朝から何度も念を押された件を再び妹が持ち出した。
 「わかった、わかった」
 すっかりデカイ身体となった妹は、普通の座席だと前の座席が邪魔に感じるらしく、前に座席のない最前列を強く希望している。何でも、日本(国際便?)ではそれが可能らしい。しかし、私はそうした特別なことを要求するのは大の苦手・・・。
 「あの、何て言ったらいいのかな」
 「体がデカイからだって言って!」
 「了解・・・」
 事ここに至っては、もはや逃げ道はない。自分たちの順番が来ると三人分の電子チケットとを出し、預け入れ荷物をベルトコンベアの上に載せた後、スタッフに向かった。
 「あの、一人、体が大きいのがいて、前に席があると入りきらないから一番前の席にしてもらえますか?三人一緒に・・・」
 後ろにいる妹を指差しながら言った。
 スタッフはこちらに目をやることなく、しばらくコンピュータにデータを入力した後、尋ねてきた。
 「妊娠なさっているんですか?」
 「えっ?」
 「妊娠なさっているんですか?」
 (さて、何と答えたものか。妊娠と答えたほうが話しがスムーズに進みそうだが、勝手に答えるわけにもいかないな)。
 後ろを振り返って、妹に確認することにした。
 「○○(妹の名前)、『妊娠してるか?』って聞かれてるんだけど、妊娠してるって答えていいか」
 「いいよ、そんなこと言わなくて。体がデカイからって言って」
 苦笑しながら妹は言った。Zはそばで大うけ。爆笑している。
 「妊娠はしてないです。ただ、体が大きいだけです」
 妊娠について聞かれたってことは、そうでなければ特別対応は駄目だという意味だと思うが、そこまで説明するのも面倒なので、そのまま訳してスタッフに伝えた。 スタッフはさらに続けてデータを打ち込んでから、立ち上がって、私の後ろにいる妹に目を向けた。私は脇によって、妹を手で指し示した。
 「妊娠していらっしゃるんですか?」
 スタッフが再び尋ねた。
 「してません」と答える私。
 「してない、してない。ただ体がでかいだけ(日本語)」と妹。
 「妊娠してません~」と大笑いしながら一緒に答えるZ。
 「妊娠していらっしゃらないんですね」
 スタッフは、確認するように言って、席につき再びデータの打ち込みを始めた。
 「あの、一番前の席になりますかね」
 質問をするが、回答がない。真面目な顔をしてデータを打ち続けるだけだ。しかし、心なしか、口元がヒクヒクと動いている。
 「ねぇ、あのお姉さん、笑うの我慢してない?」
 妹も気がついて、私に同意を促してきた。
 「うん、してる。口元がヒクヒクしてる」
 「してるよねぇ。あれだったら、はっきり笑ってくれれば良いのに」
 もはや遠慮なく、涙さえこぼしながら大笑いしている私とZであるが、カウンターのスタッフはあくまで笑いをこらえ続けた。口元だけでなく、目元さえもヒクヒクしてきたが、それでも頬や他の部分は動かさない。プロだ。プロ根性である。しかし、それが一層と笑いを誘って腹を抱えて笑う私たち。
 「どうぞ」
 冷ややかささえ装って、印刷し終わった搭乗チケットを渡してくれた。
 「一番前の席ですか?」
 「いいえ、でも皆さんご一緒の席です」
 大騒ぎした(のは私たち3人だけだが)割には、普通の席だった。
 「なんだよ~」。カウンターを離れながら、不満をこぼす妹。
 「まぁ、仕方がないよ。妊娠って答えておけば良かったぽいんだけどね」
 そのとき、スタッフの横にいた補佐要員らしき女の子が口を開いた。
 「笑うの我慢してませんか?」
 「してないわよ」
 あくまでプロなスタッフだった。

 チェックインを終えると、すぐに出境審査。こちらは三人ともスムーズに抜けて、搭乗口へと向かった。
  搭乗口に着くと、まずは周辺のお店の見物である。本屋、果物屋、土産物屋、レストランと様々であるが、興味をひくものはなく、高いだけという印象である。以前は本屋に並べられていた各地観光地のガイドブック等は今は全く見当たらない。あるのは、ビジネスのノウハウ本や家の内装に関する本ばかりだ。旅行ガイドブック等は立ち読みで十分と考える客が多いから、空港で売っても儲からないのだろう。
 お店巡りが一巡すると、妹とZは席についておしゃべりに入った。おしゃべりと言っても、普段、私が話すゆっくりとした日本語になれたZでは、妹の言うことは半分もわからないことだろう。わからなくても良いのだ。話していれば、気持ちは伝わる。
 私は暇なので、お店をもう一巡してから、席に戻った。Zと妹のそばには空いた席がなかったので、少し離れた斜め向かいの席に腰を下ろす。時間はまだたっぷりある。小説をリュックから取り出して読み出した。
 
 「お兄ちゃん、こっち来たら?」
 妹が声をかけてきたので、そちらに顔をむけた。
 「こっちに席空いてるよ。この人が荷物をどけてくれればだけど・・・」
 妹は自分の隣の席を指差して言った。
 確かに、その席に人は座っていない。しかし、空いているわけではない。その横に座っている人がバッグを置いているからだ。だから、私も離れた斜め向かいの席に腰を下ろしたのだ。
 「いや、いいよ。俺はこっちで」
 手を振って断るが、妹はしつこい。
 「そんなところに一人でいないで、こっち来なよ。席空いてるんだから。この人が荷物どけてくれればだけど・・・」
 妹は終いに、その人の荷物をぎゅぎゅうと横に押し始めた。これだけやれば、普通気づいてバッグをどけるだろうというわけだ。
 (おいおい、相手がどこの誰かわからないのに無茶するなよ)
 男のほうに目をやる。男は年齢は30歳前後、短い髪を薄い金色にそめたスマートな体格をしていた。イヤーヘッドホンで何かを聞きながら、雑誌を読んでいる。妹の動きに気づかないのか、無視しているのかわからないが、全く反応がない。
 もし相手が怒り出すようだったら、代わりに謝ろうと思っていたが、何事もなく済んだ。
 混んだ待合室で荷物を席に置いておくというのは、日本(或いは先進国?)では非常識かもしれない。しかし、中国では良くあること。中国では地面は非常に汚いという認識(唾や痰を吐く人が多いから実際に汚いのだろうが)が強く、一定の生活レベル以上の人は、荷物を地面に置くことを極力避けるのだ。だから、この男がバックで席を独り占めしているのはさほど異常な行為ではない。
 日本のニュースでも他人の行為を注意するとナイフで刺されるなどの事件がしばしば報道されていて、別の意味で用心しなければならないことがあるだろうに、状況のわからない海外で言葉も通じないのに堂々と権利を主張しようとする妹は、ある意味アッパレだ。事なかれ主義の私より、彼女のほうが国際人と言えるかもしれない。しかし、今回の旅行中は貴方の安全に責任のある兄に免じて大人しくしていてもらえると有難い。

 さらに時間が経ち、別の席が三つ並びで空くと、妹が声をかけてきてそちらへ移動することになった。皆で一緒にいたがるのは、女性の本能なのだろう。或いは、さすがにZとだけでは間が保てなくなってきたのか。
 「時間まだなの?」
 妹は搭乗開始の時間を心配して、何度も尋ねてくる。
 「うーん、大丈夫だよ」
 「大丈夫、時間が来たら、そこに人が並び始めるからわかるよ」
 「稀に、搭乗口が変わることもあるけど、滅多にないから」
 聞かれるたびに適当に答えていたが、ふと気になり立ち上がって搭乗時刻表示版を見ると、「Delay」との文字が表示されていた。慌てて搭乗券を出し、フライトナンバーを照合すると、表示されているものと同じ。
 「俺たちが乗るの、遅延だって」
 「えっー、どうして」
 「うーん、いろいろあるよ。こっちに来る前の空港の天候がどうのが多いけどね」
 「大丈夫なの?」
 「どのくらい遅れるの」
 「30分って書いてあったけどね・・・」
 「そう、じゃあ、たいしたことないじゃん」
 「でも、これがまた、30分経つとさらに30分だったり、切りがなかったりするんだよねぇ」
 少しでも安いチケットを買うために、遅めの時刻のを選んだのだ。時刻通りに飛んでもホテルに到着するのは10時を過ぎる見込みだ。さらに遅れては危険ゾーンだ。Ctripで予約は済ませているものの、クレジット・カードでの保証金支払いをしたわけではないから、あまり遅くなるとキャンセルされてもおかしくない。気が重くなった。
 頭を悩ませていると、さらに追い討ちをかけるように放送でも、遅延の通知がなされた。これで遅延は間違いない。だが、これ以上心配しても仕方がない。料金さえ気にしなければ、泊まれるホテルはいくらでもあるだろう。そう自分を慰めて、再び小説を開いて読み始めた。
 「ねぇ、本当に遅れるの?」
 しばらくして、妹が尋ねてきた。
 「うん、表示もされてたし、間違いないよ」
 「でも、人が並んでるよ」
 本から目を離して目を上げると、確かに人が並び始めている。
 「多分、前のフライトの人たちじゃないか?俺たちのが遅れているんだから、その前のも遅れているんだよ」
 「そう・・・」
 一旦黙り込んだ妹だが、搭乗口に並ぶ列が長くなってくるにつれて、再び不安になってきたのか、再び問いかけてきた。
 「ねえ、まだ出発しないの?」
 「うん、この次だから、まだ結構あるはずだよ」
 しかし、妹の様子がいかにも心配そうだったので、搭乗口のそばに行き、改札の横に立っているフライトナンバーを記したプレートに目をやった。すると、まさに私たちが乗るはずのフライトのナンバーが記されていた。
 「○○ちゃん(妹の名前)、Z、この飛行機だよ。並んで、並んで」
 慌てて、妹とZを促した。際どいところだった。妹がしつこく警告してくれなかったら、乗り損ねてたかもしれない。
 「なんだよ、時間通りに来ることになったんだったら、そう放送するとかなんとかしてくれよ」
 「そうよ、わからないじゃない」
 Zも、遅延の放送を聞いていたので、一緒になって憤慨した。
 改めて、改札のところにいたスタッフにフライトナンバーを確認するが、「その通り」と言うだけで、遅延の表示との矛盾には何の説明もない。表示板には相変わらず「Delay」と表示されたままだ。でも、時間通り出発することになったのは助かった。

   17:10、無事搭乗し、離陸。
 19:45、昆明でトランジット。トランジット時にターミナルまでバスで移動するのは初めてのことだ。さらに、今回は搭乗チケットを引き換えカードでなく、別の搭乗チケットに交換された。これは別の飛行機に乗り換えということだろうか。
 20:00?再びバスに乗って、飛行機のところに移動。乗ってみると、同じ飛行機だということがわかった。単にフライトナンバーが変更されたから、新しいチケットが渡されたということらしい。
 21:30?麗江の空港に到着。
 21:50、預け荷物の受け取り。
 21:55、リムジンバスに乗車(15RMB/人)
 22:35、古城近く?のバス・ステーションに到着。

 このバス・ステーションには見覚えがある。7年前の麗江旅行で、帰路のリムジンバスを利用した場所だと思う。ただ、ここから古城まで どのくらいの距離だったか、全く記憶にない。地図でみると近そうだが、暗い上に方角がわからないから、歩いていくのは無理だろう。
 タクシーに乗車。バス・ステーションの周辺は暗かったが、数十メートル離れた通りに出ると、ほとんどの商店がまだ開いていて、その看板の灯りで通りが明るく照らされていた。これだけ明るいんだったら、方角を確認して歩いてホテルまでいったほうが良かったかなと後悔しそうになったが、誤りだった。すぐに着くかとおもったら、到着まで20分もかかった。

 22:55、ホテルに到着。Ctripで予約してあったので、部屋の下見はせずにすぐにチェックインした。問題があったら、Ctripの宿泊感想欄に意見を書いてやろう。保証金は二部屋分で1000RMB。部屋に入ってみると、ユニットバスこそないが、十分に綺麗だし、外の景色も悪くない感じだった。
 

 すっかり遅くなったが、皆夕食をとっていないから腹ペコ。三人とも機内食などおやつ代わりにしかならない。こんなに遅くにやっている店があるかなと心配だったが、ホテルから歩いて5分ほどのところで四川料理屋を発見。私としては、麗江で四川料理を食べるのはやや主義に反するところだが、Zの顔をみると絶対ここで食べるわ!と威嚇信号を出していたので、意見を言うのを控えた。日本から来た妹にとっては、四川料理も中国の料理だから、地元の料理ということで大歓迎の様子だった。日本からみれば、四川も雲南(麗江)もたいして代わらない距離だということだろう。

 店に入る。さすがに時間が遅いとあって、お客は私たちだけのようだ。
 席に着いてメニューを持ってきてくれと頼むと、「メニューはいりません。こちらの野菜を選んでください」と答えが返ってきた。やっぱり・・・それか。店に入ってきたときにすぐ気づいたのだが、隅にある大きな丸テーブル二つの上にところ狭しとばかりに野菜が並んでいた。観光地で、こうやって直接野菜を選ばせるような店はボッタクリ度が高いというのが、過去の経験からの認識だ。
 「メニューがないなら別のところに行こう」
 そう私が言うと、店の主人は慌ててメニューを持ってきた。
 「うん」
 メニューを広げてみると、高いものもあるが、大部分の料理は20-30RMBぐらいだった。これなら許容範囲だ。深センとほとんど変わらない値段だから、物価の差を考えるとやはり高いと言えるが、観光地から程遠くないところでこの料金なら良心的と言っても良い。
 これなら大丈夫そうだ。メニューで数点頼み、直接野菜を指し示して数点を注文した。
 出てきた料理は1点を除いて、全て美味しかった。深センのような大都市と違って、野菜が新鮮なためだろうか。もやしも空心菜もシャキシャキしていて口当たりが良い。妹はキクラゲが特に気に入ったようだった。
 駄目だったのは豆腐と白菜のスープ。豆腐が臭って不人気。妹などはゲンナリした顔をしていた。慣れていない人からすると、この臭いは致命的で腐った臭いにしか感じられないだろうから仕方がない。Zにさえ受けれいられないようだった。私も好きな臭いではないが、冷え切った身体を温めるのが優先なので、我慢してスープをすすった。

 

 食事を終わると、まっすぐホテルに戻って就寝。妹を香港で迎えたところから、麗江に到着するところまでなんとか無事にこなした。さあ、明日からが旅行の本番だ。気合を入れて頑張ろう。

2010年2月12日
 8:00起床。ベランダから外の風景を眺める。玉龍雪山が部屋から見られるとは素晴らしい。良い部屋をとった。これだったら、二日間でなく、五日分とっておけば良かった。今日帰ってきたら、フロントで延長できるか聞いてみようか?
 

 ホテルでは朝食を頼んでいなかったので、外に出て探す。地図によると、まっすぐ進んでいくだけで、麗江古城の中に入っていけるはずなので、ぶらぶらとそちらの方へ行くことにした。すると、ちょうど古城への入口になる路の手前のところに「焼餅」と「豆粥」を食べさせる露店があったので、そこで朝食を食べることになった。Zも妹も「焼餅」と「豆粥」を注文。妹が美味しい、美味しいと食べてくれたので、私も嬉しかった。初めての中国旅行ということで各種予防接種を打ってきてもらったから、心配なく露店のものを勧められるけれども、本人が気にするようだったら食べさせられない。幸い、我が妹だけあって、躊躇なく食べてくれて良かった。露店で食べられないようだと中国旅行の楽しみが半減するというものだ。(もっともそういう私はここでは食べなかった。ローカボ・ダイエット中なので、小麦系の食べ物はできるだけ回避しなければならないのだ。ああ、腹減った)。

 小さな小路から、古城内へ入る。古城といっても、ほとんどが真新しいたてものだ。あくまで昔の状況をイメージした街作りがされているということで、昔からの建物がそのままあるわけではない。それでも、街の中心部と違って土産物屋でいっぱいになっていない分、飛騨高山の古い町並みのような、楚々とした風情が感じられる。

 やがて街の中心部へ到着。ここに世界遺産の象徴でもある水車と江沢民の筆跡が刻まれた壁碑がある。朝早い時間のため、まだ観光客は多くないが、ここだけは記念写真をとる人が絶えない。 私たちもデジカメでパチリパチリと写してから、古城の中心へと向かった。

 旅行ガイドブックによく載っている写真の古城の美しい風景がそのまま目の前に現れるのは感動的だ。早朝で人が少ないのもいい。すでに有名な話だが、世界遺産となっている古城の内部は、生活感などは全くなく、土産物屋テーマパークと化している。それが朝だとまだ店があまり開いていないから、顕著でない。静謐な古い街並みの様子がゆっくりと味わえるのが良い。

 ぶらぶらと通りを歩きながら、ところどころ開いている土産物屋をのぞく。今日の予定は、この古城と束河古鎮の二つだけ回れれば十分だと考えているから、慌てる必要はない。日本からきた妹にとっては、お土産を十分に揃えるのは必須のことだから、最初に大半を済ませておけば、後で慌てる必要がなくなる。実のところ、男の私にとっては土産物屋巡りはやや辛い作業だが、私にしても上司やら部下やらに土産物は欠かせない。最後になって数が足りないとなると、空港で買い揃えなければならない。そうすると、同じものでも3倍ぐらいの値段になってしまうから、初日に済ませてしまうと後が気分的に楽だ。(この時は気づかなかったが、春節の初日以降となると様々な商品が一斉に値上げされるようだ。春節の初日は春節休暇の真ん中ぐらいにあるから、旅行で来るなら前半のうちに買い物を済ませてしまったほうが効率がよくなることだろう)。

 土産物買いのキーマンは、もちろん、Z。東門(深セン)で鍛えた値切りのテクニックを駆使して、妹の買い物のために頑張ってくれた。100RMBの品が店員とやりとりしているうちに、瞬く間に20RMBまで下がっていく。妹は、「あっという間に何分の一になっちゃうんだもんね。信じられない」とびっくりする。日本の関東付近では値切るという習慣がないから、なかなか理解しにくいことだろう。
 また、全てが5分の1になるわけではなく、ある物は、半分だったり、ある物は3分の1だったりするから、余計に混乱させられる。納得のいく値段というのは、相手がどうしても売らないと言い張って、こちらがだったら買わないという値段までになり、店員に背を向けて店を出ようとする、その時に呼び止められて買った時の値段ではないかと思うが、毎回そんなに時間をかけて交渉していたら時間が無駄だから、他の要素もいろいろあるのだろう。

 どんどん奥へと進んでいくが、際限なく建物が続いている。あまり遠くへ行かれると、戻るのが大変になるのでZをなだめて、なんとか方向転換をさせ、街の中心部へと再び戻った。以前から興味があったお湯の中で花を咲かせるお茶を売っているお茶屋があったので、中に入って味見をさせてもらう。
 花を咲かせるお茶は、ジャスミン茶で麗江の特産というわけではない。日本で一時話題になったというので、私と同じ現地採用の同僚が騒いでいたので記憶に残っていた。それで、探していたのだが、雲南地方のメインはプアール茶だから、置いている店がなかなかなくようやく見つけた次第だ。
 頭の中にあるイメージだと、綺麗な花がぱっと咲く感じだった。実際に淹れてもらうとそうでもなく、もさっとした感じである。お茶の色でお湯が濁っていることもあって、色も鮮やかとは言い難い。ただ、値段が高いものは香りが良く、部屋の中にお茶の香りが充満した。
 麗江では、プアール茶の他に、ライチ(紅)茶(この時点では私は知らなかった)が名産だというので、ライチ茶も味見させてもらった。ライチ茶はZと妹には不評。甘味が強いためだろう。私はもともと紅茶が(コーヒーはもっと好きだが)好きなので、結構好みの味だった。
 結局、花を咲かせるジャスミン茶とライチ茶を少しずつお土産用に購入することにした。
 (花を咲かせるジャスミン茶ですが、家に戻ってやってみたら、時間をかけるとけっこう大きく綺麗に咲くことが判明した。一方、香りのほうは、全然香らなかった。麗江は深センよりもずっと乾燥していたから、香りが広がりやすかったのではないかと想像している)。

 ずいぶん歩いてお腹が空いてきたので、胡桃菓子を一袋分かって3人で食べた。これは自動たこ焼き機のような仕組みで、機械がタネを型に次々に自動注入し、柔らかい丸菓子を焼き上げていく。工程を見ているだけで楽しいので、客が列をなして買い求めていた。ふわっとしたワッフル(?)のような味だった。
 さらに、牛肉の串焼きも食べた。串焼きは中国でもポピューラーな食べ物である。ここで売っていたのは、普通の牛の肉ではなく、ヤクと呼ばれる種類の牛の肉を使ったもの。インターネットによると、比較的高地に生息する、体毛が長い、モーと鳴かない牛であるそうだ。(この時点では、そんなことを知らなかったので、特に普通の牛との違いは感じられなかった)。

   11:30、タクシーで束河古鎮へ移動することにする。古城の出口へ向かうと、おばさんが声をかけてきた。
 「どこへいくの?」
 「束河古鎮」
 「なら、行きましょう」
 「いくら」
 「30RMB」
 「行かない」
 地球の歩き方によると、束河古鎮までは15RMBのはずだ。現在もそうかは定かでないが、道路際で流しのタクシーを捕まえることにした。
 手を振って、タクシーを止め乗り込む。
 「どこ行くんだ?」
 「束河古鎮」
 「15RMB」
 「もうちょと安くならないの?」
 「メーターでもいいよ」
 「メーターじゃ、いくらになるかわからないじゃないの。15RMBでいいわ」
 運転手とZのやりとりがすばやくなされ、出発。
 「ねぇ、いくらになったの?」
 妹が興味津々のようすで聞いてきた。
 「15RMB」
 「さっきの半分じゃん」
 呆れた様子で言う。古城の土産物屋といい、タクシーといい、定価が存在しない世界が珍しいのだろう。

 「貴方たちは、『茶馬古道』へは行かないのか」
 「『茶馬古道』って、何?」
 運転手の質問に助手席に座っていたZが喰い付いた。
 「『茶馬古道』は、○×▲□◎・・・・・、ほら、『高倉健』・・・・・」
 高倉健の名前まで出して、興味をかきたてる運転手。そう言えば、高倉健が主演した「単騎千里を走る」で馬を飛ばすシーンがあったような気がする。その時に走った道に「茶馬古馬」があったのだろうか。
 「ねぇ、何て言ってるの?」
  運転手とZのやりとりに関心をもった妹が尋ねてきた。
 「なんか、『茶馬古道』って観光地があって、そこへ行ったほうがいいって、運転手が勧めてるみたいだ」
 「それで、行くの?」
 「行かない。だいたい、運転手が勧めるのは自分に都合がいいルートや観光地だから、ロクなのがないんだよ。絶対、騙されるんだから」
 「ふーん」
 しかし、しばらくして、すっかり運転手に洗脳されたZが振り返って言った。
 「『茶馬古道』に行こうよ」
 「行かないよ」
 「どうして」
 「『茶馬古道』なんて、地球の歩き方にも、中国のガイドブックにも載ってなかったし、インターネットで調べたときもなかったよ」
 「でも、直接『束河古鎮』に行くと、一人50RMBの入場料がとられるけど、『茶馬古道』経由なら無料で入れるようにしてやるって言ってるわ」
 「『茶馬古道』まではいくらなんだ」
 「25RMBだって」
 「『茶馬古道』から『束河古鎮』はいくらなんだ」
 「『茶馬古道』から『束河古鎮』はいくら?」
 Zがすばやく運転手に尋ねる。
 「25RMB」
 「25RMBだって。ほら、すごくお得よ。行こうよ」
 「うーん、駄目」
 「駄目・・・」
 わかったわ、というようにZは珍しく素直に引き下がり、運転手に向かって言った。
 「『束河古鎮』へ直接行って。『茶馬古道』へは行かないわ」
 「わかった」
 私たちのやりとりを聞いていて、無理だと悟ったのか運転手もそれ以上何も言わなかった。
 さて、素直に引き下がられると、私が考えなければならない番だ。
 まっすぐに『束河古鎮』へ行くと、タクシー代15RMB+入場料50RMB×3=165RMB。
 『茶馬古道』経由で行くと、タクシー代(25RMB+25RMB)=50RMB。
 確かに、『茶馬古道』経由のほうが安くなる。困った。これでは私が悪いみたいだ。でもなぁ・・・。しかし、結局折れることにした。
 「わかった。いいよ、『茶馬古道』へ行こう」
 「本当に!」
 Zは飛び跳ねるように顔を上げて、運転手に指示した。
 「『茶馬古道』へ行って!」
 「結局、行くの?」。妹が聞いていた。
 「うん、Z、すごい行きたそうだし、確かに入場料が無料になるんなら、安いしね。でも、運転手の言うとおりにして、良かったことが過去にあんまりないんだよねぇ。だいたい旅行前に調べた時、名前すら出てこなかったし」
 
 茶馬古道(の入口?)に到着。周辺に観光客用の馬が群がっている。こちらに車での間にも、馬に乗った観光客を幾人か見かけたのは、ここから出発したのだろう。
 「あっちにガイドがいるから、あそこで話を聞いて」
 運転手の指差す方向に目をやると、観光地の地図らしき大きな横長の掲示版があり、その前でサングラスをかけたガイドらしき女性が数人の観光客になにやら説明をしている。
 掲示板に近づいて地図をみると、茶馬古道の道筋らしき図が描かれている。図によると、現在位置から湖を越えた向こう側に茶馬古道があるらしい。地図のすぐ横に料金表が記されてあったので、目を通してみる。乗馬、ボート遊び、ボートに乗って湖の向こう側に行って・・・うんぬんと多数の項目があり、100RMBから300RMBを超えるまでの料金が記されていた。当然、一人当たりの料金である。
 (やられた・・・)
 これだけの料金をとられたのでは、束河古鎮の入場料50RMBが無料になっても、まるで意味がない。何で茶馬古道そのものの見学料のことに頭が及ばなかったのだろう。横をちらりとみると、Zも料金表をみて呆然としている。
 「ちょっと高すぎるだろ」
 「うん」
 「ここからじゃ、中が見えないから、入場料を聞いて入るだけ、入ってみるか?もし良い風景だったら、向こう側にいってもいいし・・・」
 「そうね」
 私たちが掲示板の前で話し合っているのみて心配になったのか、運転手が近づいてきた。
 「ガイドにとりあえず話しを聞きなよ。ガイドを呼んできてやるよ」
 「いや、ガイドはいらない」
 私たちが戻ってくるまで、ここに待っていてくれるのかと尋ねると、運転手はそうだと頷いた。
 掲示板のすぐ脇の入口に男たちが数人群がっていたので、入場料を尋ねると35RMB/人とのこと。なんとか受け入れられる料金だ。ぼったくりかどうか、入ってみないと結論が出てこないから、とにかく入ってみることにした。
 入口の向こう側には、舗装もされていない泥道がまっすぐに伸びていた。突き当たりの湖に出るまで歩いたが、はるか向こう側に山々がみえる以外何もない殺風景な光景が広がるばかりだった。この湖をボートで越えるだけで200RMB以上もとろうとは、ぼったくりにもほどがある。
 「いやー、綺麗な湖だね」
 Zをからかってみる。
 「・・・」
 反応なし。いつもだったら、すぐに「皮肉を言わないで」と文句を言ってくるのだが、今日は黙り込んでいる。気持ちよく運転手としゃべっていたから、騙されたのがショックなのかもしれない。それに今回は妹が一緒にいるから、責任を感じているのだろう。実際のところ、ここの入場料が35RMB×3人で105RMB。タクシー代が50RMB。合計で155RMBなので、直接「束河古鎮」に向かった場合より、やや安いぐらいだから、被害は失った時間だけだ。そんなに気にするほどのことでもない。

入口のところへ戻ると、運転手は暢気にタバコを吸っていた(12:10)。
 「なんだ、ずいぶんと早いな」と驚きの表情を見せる。
 「『束河古鎮』に行くわよ」
 Zが不機嫌な表情で短く答えると、運転手はタバコをかき消して、慌てて乗車した。
 「『茶馬古道』に行かなかったのか」
 「誰が行くもんですか。あんな高いところ」
 「なんだよ、行かなかったのかよ」
 運転手は心外そうな表情で言った。
 「ボートにも乗らなかったのか」
 「あんな湖で乗るわけないでしょ。美しくもないし」
 「『茶馬古道』に行かないんじゃ、来た意味がないじゃないか」
 逆攻勢に出る運転手。
 「あなた、私たちがあそこで何時間過ごすと思っていたのよ」
 「2時間ぐらい。3時間、4時間も過ごす客もいるよ」
 「あんなつまらないところで、何時間も過ごせるわけないでしょ。客だって全然いないじゃない」
 「◎▲×・・・・」
 「〇×▲□・・・」
 しばらく言い合いが続いたが、お互い得るところがないと悟ったのか、黙り込んだ。

 12:30、「束河古鎮」に到着。
 「本当に入場料取られないんだろうね」
 「本当だ。もし、誰かが何か言ったら、ここに電話してくれ」
 運転手はそう言って、名刺をくれた。
 下車して、古鎮に入る。特に門のようなものもない。裏口ということか。

 この束河古鎮も、麗江古城と同様に土産物屋が軒を連ねている。建物に、麗江古城の家々よりも、落ち着いた色合いが使われているのと客が少ないことから散策を楽しむなら、こちらのほうが良さそうだ。
 歩いて数分のところに御茶屋があり、店頭に一袋5RMBのお茶が並べられていた。
 「入ろう」
 Zの呼びかけで、ぞろぞろと店に入った。
 「あそこに置いてあるお茶、味見できるの?」
 「できるよ」
 初老の店主が応諾した。
 「じゃあ、味見させて」
 「味見できるの?したい、したい」
 妹も積極的だ。
 茶葉とお湯を急須へ入れ、しばらく経ってから、店主は手馴れた様子で3人分の小さな湯のみへとお茶を注いだ。
 喜喜として手を伸ばし味見をするZと妹。しかし、飲んだ後は、微妙な表情をみせた。
 「味しない」
 「うん、味しないね」
 店主はごもっともという顔で頷いた。
 「じゃあ、今度はお湯だけで飲んでごらん」
 そう言って、沸かしたお湯を各々の湯のみへと注いでくれた。
 「これ飲むの?」
 意味不明といった様子で、3人とも湯のみに口をつける。
 「あれっ?なんか甘い味がする」
 「うん、甘いね」
 店主はそうだろう、そうだろうと頷きながら笑顔を見せた。
 「それに、何だかのどがすっとする」
 「ほんと、すうぅーとするね」
 「もう一回飲ませて」
 「わかった、わかった」
 もう一度、お茶を飲み、さらにお湯を飲んで感動する二人。私にしてみると、いちいちお湯を飲まなければ味が感じられないなんて面倒以外の何ものでもないが、意外性が二人の心を打ったようだ。店主によると、このお茶は、少数民族の地元の人が山で野生のお茶を摘んできたものらしい。お土産にちょうど良い値段ということで、3人ともたくさん買い込んだ。  

 奥へ奥へと進んでいくとやがて川べりにでた。ここには外国人向けのオープン・レストランが競い合うように店を広げている。
 「そろそろ、食事にする?」
 Zに声をかけた。
 「当然でしょ!」
 ややいらついた返事が返ってきた。時計をみると、すでに午後1:30。すでにZの限界を超えた時間だ。
 「じゃあ、あそこにしよう」
 そう言って、一番近くにあったレストランを指差した。
 「いいわよ」
 しぶしぶ頷くZ。
 実は、私は前々からこのような外国人向けのオープン喫茶で是非食事がしてみたかった。7年前にきた麗江古城と大理(洋人街)にもこうした店があったし、桂林に行ったときも陽朔に似たようなところがあった。外国のバックパッカー(?)やら長期滞在者らしき人がいかにものんびりとした様子で、食事をしながらおしゃべりと楽しんいるのをみて羨ましいなと思っていたのだ。
 テーブルに着くと、スタッフがメニューをもってやってきた。怪しげな日本語付きのメニューだ。
 少し目を通しただけで、Zが「高すぎる!」と文句を言った。
 確かに高い。物価の高い深センよりも高いぐらいだ。しかし、欧米の外国人向けに作った店だ。少々高いのは仕方がない。さっそく注文をする。私は、ローカボ・ダイエット中なので、肉類の代表であるステーキを注文。オーストラリア(だったけ?)産と中国産の2種類があったので、ちょっと高めのオーストラリア産を頼む。妹はエビが食べたいとのことだったので、蒸しエビ。それから、炒め物を一皿。だが、注文をとって戻ったスタッフがしばらくして戻ってきて、オーストラリア産のステーキは現在はなく、この代わりに中国産のヒレステーキになると言って来た。ある意味正直だ。私など黙ってだされれば、どちらか全くわからないというのに。快く応諾した。  

 川辺の心地よい風を受けながら、のんびりと食事を待つのは楽しい。しかし、女性軍(Zと妹)はそうではなく、遅い料理にイライラし始めた。
 「もうここで食べるの、やめよう」
 「ビールだけ先に来て、後が来ないじゃん」
 30分経っても料理が出てこないので、不満爆発。
 「まぁ、まぁ、この辺りの店は皆同じ調子だろうし、もう少し待とうよ」
  二人をなだめ、なだめ、料理が出てくるのを待った。やがて、ステーキ、炒め物、エビの蒸し料理が出てきた。しかし、エビ料理は数十RMBもするのに、小さい川エビがたった6匹ほどしか入っておらず、3人ともがっかり。ステーキと炒め物はまぁまぁ。もう少し注文しておけばと後悔したが、今から追加したのではいつになるやらわからないから、諦めた。

 腹が少し膨れたところで、川沿いに十数分ほど歩いてさらに奥へと向かった。そこにはエメラルド・グリーンの小さな池があり、ここが束河古鎮の見所の一つであるらしい。確かに美しいものの、周囲にそれに応じた建物があるわけでもなく、ぽつんとため池のように存在しているだけなので、インパクトが少なかった。これ以上先へ進んでも何もなさそうだったので、別のルートを辿って、出口へ戻ることにした。

 どういうわけだか、歩けど歩けど、出口が近づいてこない。麗江古城でも相当な距離を歩いたこともあって、私はバテバテである。ところが、Zと妹は全く疲れを見せない。Zは中国人ならではの幼い頃から山を越え谷を越えて鍛えた足腰の強さがあり、妹もまた毎日の時に数時間に渡る犬の散歩で鍛えられた脚があるからだ。とても日課でスクワットをやっている程度ではついていけない。
 二人は私の疲れを知ってか知らずか、全く気にせず、数メートルごとに土産物屋に寄っては品物選びに熱中している。仕方がない。全身で疲労をアピール。肩を落とし、足元をふらふらさせながら歩く。妹がようやく気づいてくれて、私に歩調を合わせ始めるが、Zには通用しなかった。逆に一軒一軒で費やす時間がますます長くなる始末だ。Zめ。もしや楽しんでやがるな。

 15:10、ようやく出口にたどり着くことができた。もう限界だ。だが、まだ時間が早い。これなら「白砂」にもいける。出口付近にとまっていた乗り合いバンに声をかけると、20RMB/3人で、「白砂」まで言ってくれることになった。

 15:20、白砂の入口だというところで下ろされた。まっすぐ進んでいくと、白砂の看板がかかった門があり、そこを抜けてまっすぐ進む。
 白砂の街は、麗江古城や束河古鎮と異なり、土産物屋が全く見当たらない。麗江古城や束河古鎮を歩いているときは、土産物屋は古い街並みの雰囲気を壊す元凶だぐらいに考えていたけれども、いざ一軒の土産物屋もないとなると、街がひどく殺風景になることを知った。

  数十メートル歩いたところに、民族衣装を着た地元のお婆さんたちが固まっておしゃべりに興じていた。私たちが近づくとそのうちの一人が寄ってきて、「うちを見ていけ」という。小さなノートを取り出し、広げてみせた。ノートには大勢の外国人の名前がずらりと書かれている。
 なんだかぼったくりの臭いがする。
 「やめとくよ」
 「いいから、みてけ、みてけ」
 「やめとく」
 「いいかか、みてけ」
 らちがあかないので、無視をして先へ進んだ。
 しかし、進めど、進めど白い壁が続くばかりで、人が住んでいる気配すらない。皆、麗江古城や束河古鎮にでも出稼ぎに行っているのだろうか。或いは、農作業に従事しているのかな?
 この先いくら歩いても何もなさそうだし、何よりも足が限界に来ている。前進を止めてUターンすることにした。
 戻っていくと、さきほどのお婆さんが寄ってきて、またもや「寄っていけ」という。
 ぼったくりに合うのは嫌だが、この白砂でも何かイベントが欲しいところだ。
 「いくらだ」
 「見るだけなら、お金はいらない」
 「なら、見るだけだぞ」
 「見るだけなら、お金はいらない」
 その後は何を聞いても、「見るだけならお金はいらない」の一点張り。
 めちゃくちゃ怪しいが、ついていってみることにした。
 脇にある細道を十数メートル進んでいったところの家の門をくぐると、ごく普通の中国の農家の庭があった。ただし、人が住んでいる様子は全くなく、家には鍵がかかっていた。お婆さんは、家の鍵をあけ、中にはいると皿を数枚持ち出してきて、脇にある木のテーブルの上に並べ始めた。
 「俺たち、食べもはいらないよ」
 「食べてけ、食べてけ」
 「いらないよ」
 「食べてけ、食べてけ」
 全く耳に入らない様子だ。料金を確認して食べていくという手もあるが、食べたら食べたでお腹が大丈夫か心配だ。
 「じゃあ、もう帰るから」
 そう言って、その場を離れることことにした。後ろでなおも、「食べてけ、食べてけ」の声が聞こえたが、追いかけてくる様子はないので一安心。
 15:45、白砂を出る。結局、白砂では特別なものは何も見られなかった。確かここには壁画か何かあったはずだが、見られずに終わった。

 再び乗り合いタクシーに乗って、ホテルへと戻る(20RMB/3人)。
 16:30、ホテル着。夕食まで小休憩。

 18:35、ホテルのカウンターで明日も泊まれるかどうか尋ねてみた。スタッフの回答は、「もう部屋はいっぱいです」の一言。昨晩は可能性があるようなことを言っていたが、今日はにべもない。きっと高値を払う客がはいったのだろう。そういうことだったら、朝の時点でCtrip経由で予約を入れておくべきだった。初めにCtipで予約状況を確認したときは、少し外れにある、このようなホテルは予約が空いたままになっている様子だったので、甘く見ていた。それなら、夕食前に明日宿泊するホテルを探さなければならない。

 まず、麗江古城の近辺で数軒のホテルに当たってみた。だが、料金が高すぎるか、部屋がいっぱいかのどちらかでどうしようもない。もう少し離れた場所で探そうと歩き始めたところで、屋台を発見。今まで見たことのない屋台だ。屋台発掘も、最近はどれもどこかで見たことのあるものばかりでマンネリ気味だったから、とても嬉しい。今回のは米粉を練って広げて、それを焼いた後、唐辛子のタレやもやしを巻いたもの。美味しい。久しぶりに良い屋台物が見つかった。満足。

  続いて、飲料水を売っている小さな店で高山病対策の酸素缶が売っているのを発見。妹が高山病になりやすい体質だというから、これは是非とも手に入れておかなければならないアイテム。明日、山のふもと辺りで手に入れようと考えていたが、街中で買えるものなら、こちらのほうが絶対に安いに決まっている。値段を聞くと1缶15RMB。想像していたよりずいぶんと安い。本当に効くのか?と疑問は湧いたが、とりあえず数缶買っておくことにした。

 そこからさらに進み、今泊まっているホテルを越えて行ったところに小さなホテルを見つけた。「空部屋有り」と大きな看板が出ている。ロビーもこじんまりとしていて、たたみ十畳程度の広さだ。カウンターで若者二人が、熱心にコンピュータを覗き込んでいる。目の輝きようからすると、怪しげなサイトでも見ているに違いない。
 私たちが近づくと、二人とも慌てて顔を上げた後、不審げな様子でこちらを見つめた。
 「ここは一泊いくら?」
 泊まるのは明日のことなので、ざっくばらんに尋ねた。
 「・・・、泊まるのか」
 「うん、今日じゃなくて明日だけどな。いくら」
 「いくらで泊まりたいんだ」
 逆に質問をしてきた。どうも、このホテル、あまり客が来ないらしい。
 「こっちが聞きたいんだ。一番安くていくら?」
 「260RMB」
 「高い」
 「いくらなら良いんだ」
 「220RMB」
 二人の若者は顔を見合わせた。
 「ちょっと待っててくれ」
 そう言って、一人がロビーから飛び出して行った。
 「今、オーナーに聞いてくるから、待っててくれ。俺たちが決められないんだ」
 残った一人が説明した。
 数分経って、さきほどの若者を後ろに従えて、赤ら顔のおばさんが現れた。改めて三人を見比べてみると、どこかしら似ている。きっと家族経営のホテルなのだろう。
 「いく部屋いるんだい」
 満面に笑みをたたえて、だみ声で尋ねてきた。
 「二部屋。俺たちが一部屋で、彼女が一部屋だ」
 Zと妹を指して、説明した。
 「うーん・・・」
 おばさんは考え込む様子を見せた後、思い切った様子で言った。
 「じゃあ、ツインの部屋を220RMBで一部屋とシングルの部屋を200RMBで一部屋でどうだい」
 (あらら、あっさりOKされちゃった)
 「もうちょっと安くならないの?」
 「それ以上は無理だよ」
 こちらの言い値をそのまま受け入れられてしまったのだ。いまさら、さらに値切ろうとしても、当然のことながら無理な話だ。
 一応簡単に部屋の下見をする。今住んでいるホテルほど綺麗ではないが、妥協できる範囲だ。何より、さらに歩き回ってホテルを探す元気がない。保証金を200RMB払って、領収書をもらい、ホテルを出た。

 さあ、ようやく夕食だ。ホテルを出て、古城とは反対方向にさらに進むとちょうどレストラン街があった。これだけお店があれば、選ぶのが楽だ。さっきのホテル、意外に良いかもしれない。そう思って、レストラン巡りを始めようとしたが、悩む間もなく、一番近くにあった「三文魚(サーモン)」の文字を看板に掲げた店に入ることになった。私としては、こんな内陸の土地でサーモン?という疑念が強くあったのだが、腹を空かしたZがこれ以上の探索を許してくれなかったのだ。もっとも、目の届く範囲内に「三文魚(サーモン)」の看板を出した店が他にも2,3軒あったから、「三文魚」がここの特産だということだろう。
 店に入ると、どのテーブルもサーモンの刺身でいっぱいだった。
 席に着いてメニューが来るのを待っていると、女性スタッフがやってきて、まずは魚を選んでくれという。ついていくと3,4人が入れる浴槽のような大きさの水槽があり、その中で大小の魚が泳いでいるのが見えた。
 「500gで38RMBのと88RMBのがあるけど、どちらにしますか?」
 「その二種類だけなの?」
 「もっと高いのもありますが・・・」
 なるほど、一番安いのが38RMBというわけか。
 「一番小さいので、どのくらいの大きさになるの?」
 「だいたい1500gぐらいです」
 そうすると、38RMBのを選んでも100RMBを超えるというわけだ。88RMBのだと250RMBを超えてしまうから、相当な金額だ。サーモンの味の違いなんてわからないから、高いのを食べても意味がないだろう。
 「じゃあ、38RMBので」
 「わかりました」
 スタッフはちょっとがっかりした様子だったが、素早く網を動かして魚を選び始めた。私にはどれも同じに見えるが、スタッフにははっきりと違いがわかるようで、網で魚を追ってやがて一匹をすくい上げた。 この魚が元気で2,3度ぴょんぴょん飛び跳ねた後、網の外へ飛び出してしまった。慌てて追いかけるスタッフ。魚は部屋の外に飛び出してしまい、さらに跳ね続けた。それでも、スタッフはこうしたことに慣れているのか、やがて魚を網の中に再び押し込めるのに成功した。
 席に戻ってしばらくすると、再びスタッフがやってきた。
 「魚はどのように料理しますか。刺身で食べますか、火鍋で食べますか、揚げますか?」
 「うーん、どうする?刺身・・・はやめとくか?」
 「うん、やめとこう」
 妹もすぐに同意した。そう、食べたい気持ちもあるけど、サーモンというのは、腹痛以前に、寄生虫の問題もあるから避けておいたほうが良いだろう。
 「じゃあ、火鍋用と揚げたので」
 「わかりました。半分ずつですね」
 「はい、それで」
 スタッフが忙しげに去っていくと、入れ替わりに別のスタッフがやってきて、チューブ入りワサビとマギーのタレを2本テーブルの上にポンと置いた。どちらも封の空いていない新品だ。
 「これ何?」
 すかさず問いただした。
 「調味料のセットです」
 「無料なの?」
 「20RMBです」
 「20RMB!いらない、いらない」
 強い調子で断ると、スタッフはワサビとマギーのビンを手にとって憮然とした様子でテーブルを離れた。
 マギーのタレ2本とチューブ・ワサビ一本で20RMB。高いとは言えない。むしろ安いぐらいだ。だけど、一回の食事で使いきれるものではない。それに、今回は刺身を食べないことにしたから、マギーも、ワサビも不要だろう。でも、何で醤油じゃなくてマギーなんだ?

 料理を待っている間、柱に貼ってあるサーモンに関する説明書きを読んでみた。それによると、麗江の近くに「拉市海」という湖があり、そこで 養殖されているサーモン がここに供給されているとのことだった。サーモンの種類も書かれてあって、一番安いのが鱒(マス)・・・。何、鱒?サーモンじゃないの~。さらに読んでいくと、それ以外に4,5種類あり、それらはサーモンのようだった。あらら、中国語で「三文魚」といったら、全部サーモンだと思っていたけれど、鱒も「三文魚」なんだね。知っていたら、88RMBのにしたよ。あとの祭りだけど。(インターネットで調べたところ、「三文魚」にサーモンと鱒が含まれているというのではなくて、サーモンに鮭と鱒が含まれているということのようだった。ヨーロッパとアジアの間で言葉が行ったりきたりしているうちに、定義があいまいになっているそうだ)。
 やがて、サーモンの揚げたのがやってきた。皆で一口味わってみる。
 「うん、まぁ、サーモンの揚げ物というところだね」
 中国に来てから、回転寿司屋でサーモンの刺身や寿司を食べたり、中華料理屋で炒めたのを食べたりしたことがあったが、揚げたサーモンというのは食べた記憶がない。珍しさも手伝って、最初は美味しく食べられた。しかし、火鍋がなかなか来ず、やがて飽きが来て、皆の箸も止まりがちになった。
 「なかなか来ないね。火鍋・・・」
 「うん、刺身も頼んでおけば良かったかな。揚げ物で半分は多すぎだね。でも、やっぱり刺身は怖いからね」
 「うん、ちょっとね~」
 「寄生虫がいるって話もあるしね」
 「そうそう、一応冷凍とかさせれば死ぬらしいんだけど、死なない場合もあるらしいから危ないんだって」
 「えっ、そうなの?俺、回転寿司とかではけっこう食べてるよ。ここでは食わないけど」
 「薄く切れば大丈夫らしいよ。寄生虫がちょんぎれて死ぬんだって」
 それは初耳だ。良いことを聞いた。そう言えば、この店の他のテーブルに置いてあるサーモンには薄く切って盛られたものと厚めに切られたものの2種類があるようだ。薄いのが刺身用、厚いのが火鍋用というわけか。同じようにサーモンを生で皿に盛るのに何で火鍋用と刺身用があるのかと疑問に思ったけれども、そういうわけなのか。
 「へぇ、そうなんだ。でも、虫が横になってないで、包丁と同じ向きになって寝てたらどうなるの?」
 「そうそう、私も、その話聞いたとき、そう思ったのよ。こんな風に斜めになって寝てたら駄目なんじゃないって」
 両手を合わせて斜めにしてみせる妹。さすが兄妹、考えることは同じだ。だが、そのときの妹の表情は決して「わが意を得たり」というものではなかった。恐らく、(こんな妙な疑問をもったりするのは、この兄のせいだったのか!)とでも思っていたのだろう・・・。
 「あれっ?、俺が深センの回転寿司屋で食べてるサーモンの刺身とかって、けっこう厚いぞ」
 「ふーん、ああ、どこだかのヨーロッパのサーモンには寄生虫がいないんだって。多分、それじゃない」
 「へぇ」
 今日はいい話を聞いた。妹は食べ物のことに詳しいから勉強になる。
(注:後日、インターネットで調べたところ、-20度以下で24時間以上冷凍することによって、寄生虫(アニサキス幼虫)が死ぬらしい。また、寄生虫がいないとされているのはノルウェーの養殖サーモンだということだ。「薄く切る」ことによって寄生虫を殺すというのは、サーモンに限らず他の魚や肉についても、広く行われている模様だが、根拠ははっきりしない)。

 「全然、来ないじゃない!ほかの店に行こうよ」
 なかなか来ない火鍋に業を煮やしたZが半分腰を上げて言った。
 「でも、今から他の店に行っても、どこも混んでいるから同じだよ。だいたい、もう揚げた分、食べちゃってるし」
 「・・・」
 懸命になだめると、仕方ないわねといった様子で、ようやく腰を下ろしてくれた。
 「でも、本当に遅いね」
 妹がZの気持ちを代弁するように付け加えた。
 「そうだね」
 「だって、あっちのテーブルの人たちのほうが後からきたのに、先に料理がきているよ」
 「いや、それはないだろ」
 「ほんとに、あっちのテーブル、私たちが来たとき空だったよ、ねぇ」
 「そうよ」
 Zも同意して、不満を示した。
 「そうだっけ?まぁ、そういうこともあるよ。きっと常連なんじゃない?それから、俺たちより高いサーモンを注文したか・・・」
 「ふーん」
 女性二人とも、不満たらたらの様子である。私にも同様な不満をもってもらいたいのかもしれないが、私はこういうことには気長なたちで、あまり気にならない。

 さらに時間が過ぎて、ようやく火鍋登場!深センでよく食べる鴛鴦火鍋太極拳のマーク:太陰大極図)と違って、鍋の中に鍋を作ったような◎の形をしている。内側には真っ赤な唐辛子のスープが入っていて、外側には白いスープが入っている。サーモンの切り身、野菜も続々とやってきて、再び食事開始となった。
 「どう、美味しい?」
 ひとしきり食べた後、感想を聞いてみた。
 「うん、美味しいよ。でも、さっきだいぶ揚げたのを食べちゃったから、お腹がいっぱいだね」
 「そうだね、最初にくればもっと美味しく感じたんだろうけどね」
 もっとも、本当のところを言えば、私としてはサーモンと火鍋はあまり合わないんじゃないかと感じた。新鮮なサーモンで火鍋を食べるという豪華さは確かに素晴らしいが、唐辛子スープよりは、味噌味とかで食べたほうが美味しそうだ。これは私が日本人だからそう感じるのかもしれないが・・・。

 3人とも、サーモンの揚げ物で、お腹いっぱいになっていたため、待ちわびていた割には箸が進まず、最後は残してはもったいないとの気持ちで無理して残りの切り身を腹に詰めた。

   食事を終えると、携帯電話の充電器探し。アパートから電源コードを持ってくるのを忘れてしまったのだ。すでに時間が遅くなっていたため、携帯電話屋は閉まってしまっている。困った。出発時から、会社でトラブルがおき続けているから、電話がとれないと不安だ。さて、どうしたものか・・・と悩んでいたところ、ふと、9.9元均一店のお店が目に留まった。
 「おっ、あるかも!」
 「ないわよ」
 Zに軽く否定された。
 「いや、いや、あるかもよ」
 「こういう店は、そういうのは売ってないの」
 Zは均一店というとアクセサリーしか頭に浮かばないらしい。
 「とにかく入ってみよう」
 わずかな望みをかけて店に入った。
 「ほら、ないじゃない」
 10秒もしないうちに、Zが声を上げた。
 「うーん、確かにないね」
 棚にざっと目を通したが、見つからない。やはり、9.9元では、値段的に厳しすぎるか?確か、以前に買った充電器は18元ぐらいした。9.9元で売るのは無理なのかもしれない。
 「あのー、携帯電話の充電器はありませんかね」
 半分諦めムードながら、一応店員に聞いてみる。
 「ありますよ。そっち、そっちに」
 明るい声で教えてくれた。
 「どこ、どこ?」
 指差された方向に目をやるが、見当たらない。
 「そっちですよ、そっち」
 「これっ?」
 「それです」
 ペンギンの格好をしたプラスチックの人形を取り上げた。ひっくり返して、説明を読んでみると、確かに携帯電話の電池用の充電池だ。しかも、電池を設置する方向を問わず、自動的に電極を調整してくれるという優れもののようだ。以前に買った充電器より機能が進化している上に安い。
 お金を払って、商品をゲット。
 「Z、あったよ。あるっていっただろ!」
 急に強気の発言をする私。
 「あー、そう」
 「物事は決め付けてはいけないんだよ」
 「あー、そう」
 Zは聞き流すことに決めたらしく、単調な返事を寄越すのみだった。
 とにかく、これで助かった。 

 21:40、ホテル着。買ってきた充電器に電池を差し込んで、就寝。明日は朝からホテルの移動だ。それから、玉龍雪山か、虎跳峡のどちらかへ行くことになる。どっちがいいかな?

2010年2月13日
 8:25、チェックアウト。
 料金、設備ともリーズナブルだったので、二日しか予約していなかったことが悔やまれる。まさか、こんな外れのホテルまで部屋がいっぱいになってしまうとは思いもよらなかった。もっとも、今日 あたりからは1.5倍ぐらいに料金がアップしていたと思われるので、予約した時点では決めかねたところだ。
 

 *上の写真は最初に泊まったホテル。

 道路に出てタクシーに乗車し、昨晩話をつけておいたホテルに移動した。私たちの部屋がツインで220RMB、妹の部屋がシングルで200RMB。見た感じ、先ほど出てきたホテルよりもワンランク下のホテルだ。他が値上げしているのに、この料金でも部屋が埋まっていないということはそれなりの理由があるのだろう。
 しかし、部屋はそこそこ綺麗にしてあるから良しとするか・・・、と思ったら、Zの声がした。
 「○○(私の名前)、ドアのノブが落ちたわ・・・」
 見ると、Zの足元に金色のドア・ノブが転がっている。
 近づいてノブを拾い上げ、元の位置に戻そうと試みるが、無理・・・。
 ありえん!と叫びたいが、初めてのことではないので、冷静に受け止める。このランクのホテルでは設備に問題があるのはよくあることだ。ただ、セキュリティに問題があるのはやや不安だ。
 「部屋を替えてもらいましょうよ」
 ごもっとも、もともと妹の部屋の隣ということでこの部屋にしてもらっただけだから、対面の部屋に替えてもらえばそれで良いかとも思う。ただ、隣の部屋のほうが何かあった場合、物音が聞こえやすいからやはり今のままのほうが良さそうだ。どちらにしろ、今日は玉龍雪山へ行って帰ってくるまでホテルには戻らない。それまでに直しておいてもらえばいいだろう。
 しばらくして、やってきた妹は壊れたノブを見て唖然、さらに聞くと妹の部屋はシャワーのヘッドの部分がついていないのだそうだ。他にもエアコンやら何やらが傾いているという指摘があったが、「それが中国スタンダード」とだけ説明しておく。
 ドアのノブとシャワーのヘッドの件をホテルのスタッフに伝え、朝食をとりに外へ出た。私とZの荷物は妹の部屋に置いておくことにした。

 朝食は歩いて数分のところにある、いかにもローカルな麺屋でとることになった。私たちと同様観光に来たと思われる中国人の家族がいっぱい座っている横に割り込むようにしていれてもらった(妹は内心、あまりのローカル(小汚さ?)さに腰がひけていたらしい)。麺と炒め物を注文、さらに隣の店から小籠包を買ってきて朝食を開始。衛生的にはやや不安があるとは言え、味と安さで勝負のローカル店。妹も美味しい、美味しいと喜んで食べてくれた。麺類は日本のラーメンと比べると、どうしても一味落ちる感じがするから、どうかなと心配だったが、別物として楽しんでくれたようだった。

 食事を終えると、玉龍雪山行きのバス停のところまで歩いていった。地球の歩き方で調べたものだ。ところが、次々とバスがやってくる割に玉龍雪山行きのバスはなかなか来ない。
 「ねぇ、ここじゃないんじゃない?」とZ。
 「うーん、でもガイドブックにはここだって書いてあったけどなぁ」
 「じゃあ、聞いてみなよ」と妹。
 「私が聞いてみる」
 Zがバス停の後ろにある店の店主に尋ねることになった。
 「『玉龍雪山』行きのバスはここに来るんですか?」
 「『玉龍雪山』行きのバス?ここには来ないわよ」
 あっさり否定された。
 「このバス停の前を通ることは通るけど、停まらないわ。そっちに広場があるでしょ。そこから出ているのよ」
 何だよ。何でバス停に停まらないんだよ。だが、文句を言っても始まらない。広場の前は幾度も通っているから、場所はわかっている。

 広場のところまで行くと、すぐ脇の道路に中型バスが1台停まっていた。周囲には4,5台のバンが同様に停車している。バスの中にたむろっていた数人の男たちに尋ねると、確かに玉龍雪山行きとのこと。 料金は一人10RMB。私たちはすぐに乗り込んだ。しばらくしてさらに二人の若者も乗り込んできた。
 バスがいっぱいになるまで、まだまだ時間がかかりそうだ。そう思っていたら、新たな男が一人乗り込んできて前部にたむろっていた者たちに話しかけると、突然慌しい様子になった。
 「出発するから、あっちのバンに移ってくれ」
 男の一人が言ってきた。
 「あっちのバンって、このバスで行くんじゃないのか」
 「ああ、このバスは出ない。バンで行くんだ」
 (何でバンなんだ?これは公共バスじゃないのか。勝手に客をバンの運転手に売り飛ばしてるだけだろう。しかし、公共バスを利用してこんなことをしたら、厳罰処分にならないのかね)
 そうは思うものの、彼らがこれだけ堂々とやっているということは、取り締まられることはないということなのだろう。考えてみれば、公共バスと名称はついているものの、私営のバス会社が運営しているわけだから、儲けさえ会社に渡せることができれば良いということだ。きっとバンの元締めとバス会社のボスの間で話がついているのに違いない。
 「バンも玉龍雪山まで行くのか」
 「そうだ」
 「バンも10RMBか?」
 「どこまで行くんだ」
 「玉龍雪山までだ」
 「◎×▲か、▲◎×か、□◎▲か?」
 「玉龍雪山だ、このバスが行くところだ」
 「なら、10RMBだ」
 これ以上、ごたごた言っても始まらない。素直に男に示されるまま、バンに移動することにした。
 「降りるよ。あっちのバンに移動する」
 妹に声をかけた。
 「えっ、このバスじゃないの?」
 せっかく乗ったバスから降りるように言われて、妹は慌てた声を出した。何でもありの中国である。Zと私は慣れっこだが、妹にとってはわけがわからないことだろう。各々の判断・行動が妥当なのか、妥当でないのか、安全なのか、危険をもたらすものなのか、正直言って何の保証もない。妥当性や安全性にあまりにも固執していては、高いタクシーを運転手ごと借り切るか、ツアーに参加するしかなくなる。妹には悪いが、付き合ってもらうしかないところだ。
 「うん、あっちのバンで行くことになった」
 「えっ、どうして?」
 「うーん、多分、人数が少ないからだと思う」
 「えっ、人数が少ないとバンになるの?」
 「とりあえず、あっちに移ろう」
 男たちが指差した、すぐ後ろに停まっていたバンに乗り込んだ。
 「これは玉龍雪山に行くんだな」
 念のため、乗車していたバンの運転手にも確認しておく。
 「そうだ」
 「10RMBなんだな」
 「そうだ」
 運転手は面倒臭そうに答えた。
 それから、妹に向かって説明した。
 「たぶん、バスの運転手が俺たちをバンの運転手に売り払って、手数料をもらっているんだよ。そうすれば、バスの運転手も楽だろうしね」
 「えっ、そんなのありなの?」
 「うん。まあ、大都市とかではないけどね」
 これを書いている今、改めて考えてみると、バスの運転手が楽になるというよりも、バス会社にとってのメリットは、本来ならこのルートで動かさなければならないバスをもっと客の多いルートに回せるということだろう。バス会社が小型のバンで客を乗せる商売をするわけにいかないから、シーズンオフで客の少ないこの時期は客をバンたちに譲り、手数料だけもらうことになっていたに違いない。中型バスを一台だけ看板代わりに停車させておいて、公共バスとして客を集め、人数がある程度たまったら、バンに載せて出発させるというわけだ。料金も同じだし、バスがいっぱいになるまで待つ必要がない上、バンのほうがバスより快適だから、客からクレームがでることもない。よく考えられている(のか・・・)。
 私たちに続いて、若者二人組み、さらにカップルが一組乗り込んできた。 席がほぼ満席になると出発。街中を出る前に、どこかの会社のようなところで、一旦停車。もう一人女性が 乗り込んできた。この女性は運転手たちの顔見知りらしく、話の内容を聞いているとガイドのようだった。 女性は、後部座席の隅に若者たちと並んで座ると、すぐに若者と打ち解けて話始めた。どこから来たのか、玉龍雪山は初めてか、様々なことを瞬く間に聞き出す。それが終わると、今度はカップルに話しかけ、同様に情報を得た。「高山病は大丈夫?」、「山の上は寒いわよ。街を出たところに店があるから、そこで借りたらいいわ」と営業活動に余念がない。ガイドの感で、私のガイド嫌いがわかるのか、私たちには一切話しかけてこなかった。  

 街を出たところで、ガイドの勧めにより、カップルの男性が酸素缶を購入。私たちが昨日購入したものより、やや大きいが値段は倍以上。昨日買っておいて良かった。玉龍雪山ではもっと高く売っているのに違いない。
 車は綺麗に舗装された道路を軽快に走っていく。道は徐々になだらかな傾斜を描き始め、少しずつ高度が上がり始めたのがわかった。妹が険しい表情をし出す。
 「どう、(高山病は)大丈夫」
 「うん、まだね。できるだけ考えないようにしてるの。考え始めると、もうどんどんそっちのほうに頭がいっちゃうから」
 (なるほど、でも、効果あるのか?)
 しかし、本人がそういう以上、しつこく尋ねるのも気の毒だ。しばらく様子をみることにした。
 
  10:15、玉龍雪山への進入ゲートに到着。ここで、ゲートのスタッフから、本日は大風のため頂上へのロープウェイは停止されていると知らされた。入場料を払う前なので、親切と言えば、親切だが、こういう情報はバスの始発点でわかるようにしておいて欲しい。ここまで来て引き返すわけには行かないのだから。
 これで2度目の麗江旅行でも、玉龍雪山の頂上へは上れないことになった。無念だ。昨日、のんびり古城巡りなどせずに、玉龍雪山に来ていれば良かったのだろうか。或いは、明日を玉龍雪山行きに当てていれば頂上に上がれたのだろうか。 しかし、これ以上悩んでいても仕方がない。それに、玉龍雪山の頂上へ上れたとしても、別の問題があった。高山病持ちの妹を連れてあがるわけにはいかないから、妹をZに任せてしばらく別行動しなければならないからだ。そのしばらくも少なく見積もって3時間はあることだろう。山の頂上では、電話が繋がらない ろうから、妹に何か異常があった場合 、Zに判断を委ねることになる。それほどの大事が起こるとは思われないが、全く連絡がとれないとなると、頂上まで上っても、落ち着かないに違いない。
 つまり、今回も縁がなかったということだ。もう一度、「麗江」を目的に来る機会はないとだろうけれど、もしかしたら、
香格里拉か西双版納へ行く途中に寄れるかもしれない。そんな機会が訪れることを楽しみに待つとしよう。

 一人80RMBの入場料を払って、ゲートを抜ける。車はそのまま走り続けていく。
 「玉龍雪山って、全然雪がないのね」
 Zが感想をもらすと、運転手はその通りといった様子で頷いた。
 「そうなんだ。年々雪が少なくなってきてね。今は、春節のこの寒いときですら、頂上にすこーし雪があるだけだからねぇ。そのうちに全部なくなっちゃうんじゃないかと心配だよ」
 全くその通りだ。雪がなかったら、「雪山」ではない。7年前の雪がたっぷりある時期に玉龍雪山を目に入れることができて本当に良かった。そのときに上に上れていれば、もっとよかったが・・・。もっとも、そんなに雪があったら、吹雪いてたりして、下の景色が見られないか? 

 11時過ぎ、 玉龍雪山の各所へ向かうシャトルバスが出る、中継ステーションに到着。下車する前に、帰りのバスがどうなっているかを確認すると、道路際に、1時間おきぐらいで定期バスが来るとのこと。1時間。一本逃しただけで、ずいぶんと待たされることになる。駐車場に停車しているバスを見る限り、大半の客がツアーでやってきているようだから、仕方のないところか。シーズン・オフでもあるし。タイミングよく帰れることを祈ろう。

 建物の入口はすでに大勢の観光客でごったがえしていた。私たちの目的地は「藍月湖」である。ここが玉龍雪山区の中で一番高度が低い場所のようだからだ。ここでさらにチケットを買わなければならないはずだが、チケットはどこで買うのだろう。中国の場合、バスの車内で買う場合とチケット売り場で買う場合があるから、やっかいだ。一生懸命並んで、結果としてチケットがなければ乗れないでは割に合わない。また、チケット売り場を探してるうちに、どんどん待ち行列が長くなっていき、結局チケットは車内で買えば良かったとなってしまうのも馬鹿らしい。
 ともあれ、他の観光客について建物の中へと突進だ。 三つの入口があったので、一番人が多いほうに人ごみに混じって入っていった。ごったがえした構内をあっちへ進み、こっちへ戻りを繰り返す。並んでいる人がチケットをもっていることから、バスに乗車するにはチケットが必要なのは間違いない。どこで売っているのか?
 「ねぇ、誰かに聞いたら?」
 見かねた妹が声をかけきた。
 「うーん、そうだね」
 聞くのは苦手だが、これ以上ここで時間を無駄にはできない。
 ちょうど通りがかった係員のような人にチケット売り場の場所を尋ねた。
 「まっすぐ進んで、外に出て右側です」
 なるほど、別の入口だったのか。いくらうろうろしても見つからないわけだ。一旦、建物を出て、もう一つの入口から中に入った。すぐ前にカウンターがあり、チケット売り場であることがすぐにわかった。最初からここに入っていれば、迷う必要もなかったのに・・・。入口に立て札でも立てておいて欲しいものだ。
 カウンターのところでは、一人の客が激昂した様子で、チケット売りのスタッフの文句を言っていた。
 「すでに入場料を払ったのに、何でまたチケット代を払わなきゃいけないんだ!」
 「すみませんが、これは決まりですので」
 「決まりって何だ。これじゃ、詐欺だ。何度も、何度も金を取りやがって。強盗かお前らは」
 「なんと言われても、これは決まりですから、どうしようもありません」
 「ふざけやがって。こんなところ、二度と来るか」
 捨て台詞を吐いて客は去っていった。
 確かに、中国の観光地は次々とお金をとるような感じを受けるところがある。日本でもそれは同じところがあるが、日本の場合、事前に細かいところまで情報が得られるから、最初から納得して来るから不満が少ないのだろう。中国の場合、観光地の商業化があまりにも急速に進んでいるため、以前は無料だったところが有料になり、さらにその料金が倍倍のスピードで高くなり、様々な設備が追加されてオプション料金も要求されるようになっている。それらの情報公開も十分ではないことから、旅行慣れしていない観光客にとっては追い剥ぎに遭ったような気持ちにさせられることがしばしばあるに違いない。中国人は大家族で旅行をすることがほとんどだからなおさらだ。
 観光客にののしられて、やや興奮気味のスタッフに向かって話しかけるのは気が重かったが、チケットをはやく手に入れないとシャトルバスの待ち行列が長くなるばかりだ。スタッフの目がこちらに向けられたのを機会に、チケットの購入を申し出た。スタッフは、普通の客がきたことにほっとしたような様子を見せて、「1枚20元です」と料金を告げた。支払いを済ませ、カウンターに備えられていたパンフレットで「藍月谷」への生き方を教えてもらった。

 チケットをゲットしたので、再びさきほどの建物に戻った。ここでさらにバスの乗車券へチケットを交換しなければならないことが判明。行きたい風景区によってバスが違うから、乗車券も異なるというわけだ。もの凄い人ごみの中にZが突進してゆき、素早く乗車券への引き換えを済ませてきた。他の観光客が助けてくれたらしいが、それにしても速い。
 乗車券が手に入ったので、列に並んだ。30分ほど並んで要約シャトル・バスに乗車。丘を越えるような感じでゆるゆると道路を登っていくうちに「藍月谷」らしきところに到着・・・と思ったが、バスはそこを通り過ぎてさらに上へ向かっていった。
 「ねぇ、ここじゃないの?」と尋ねる妹。
 「わからん・・・」と答える以外にない。バスの運転手に聞いたところで、途中で降ろしてもらうわけにもいかない。時間はたっぷりあるから、間違っていたら戻ってくればいいだろう。
 バスは心配したほどには遠くへ行かず、しばらく上がったところにある平地で停車した。
 下車したものの、どうしたら良いのかわからない。一部の客はすぐそばの建物にぞろぞろと入っていってしまった。そっちへついていってみるが、何か違う感じだ。喫茶店か?引き返して、辺りを見回す。すると、少し離れたところで、次々と電気観覧車が停まって、観光客たちを乗せては発車していくのが見えた。
 「おっ、あっちだ、あっちへ行こう」
 Zと妹に声をかけて、そちらへ向かった。 
 列の一番後ろに並ぶ。十数人が前にいたが、すぐに新たな一台が来て次々に乗り込んでいく。次の一台に乗れるなと喜んだのも束の間、皆チケットらしきものを取り出して、列の脇に立っているスタッフに見せている。
 「ここ、チケットいるの?」
 「そうですよ」
 「どこで売ってるの」
 「あっちです」
 振り返ると、私たちが通り過ぎてきた脇のところに、小さな窓口がついた長方形の箱のようなチケット売り場らしきものがあり、数人の観光客が並んでいる。
 「チケット買わなきゃいけないんだって。ちょっと待ってて買ってくるから」
 Zと妹に声をかけて、そちらへ向かおうとした。すると、チケット売り場のすぐそばに停まったバスに観光客たちが数人乗り込んでいくのが見えた。何だろう?バスのそばに寄って、運転手に行き先を尋ねてみた。
 「藍月谷だよ」
 「チケット買わなきゃいけないの?」
 「ここまで来たチケットがあるだろ。だったら、買わなくていいよ」
 何だ、こっちのバスは無料なのか。急いで、Zと妹を呼びに行き、二人を連れて戻ってくる。
 「何で、こっちのバスなの?」
 「こっちのバスも、『藍月谷』に行くんだって」
 「じゃあ、先にのは?」
 「さっき(電気観覧車)のも行くんだけど、有料なんだよ」
 「これは?」
 「無料」
 「どう違うの」
 「うーん、あっちのほうが台数が出ているから、回転が速いからじゃないか・・・」
 *注)これは誤りでした。

 さほど待つこともなく、バスは発車し、数分でさきほど通りがかった「藍月谷」へと到着した。道路から、下に降りていくと、綺麗に澄んだ水を湛えた湖が広がっていた。空の半分ぐらいに雲がかかっていて、太陽が隠れているときはわからないが、時折太陽が顔を出すと、湖の表面がきらきらとエメラルド・グリーンの色に輝いた。
 「綺麗だねー」
 「うん、綺麗だ」
 「すごく綺麗」
 三人とも、感嘆の声を上げた。
 うん、頂上には登れなかったが、この美しい景色が見れて満足だ。私が妹に見せたい中国の自然はこういった綺麗なところというよりも、もっと雄大な風景なのだけれど、ここはここで楽しんでもらえることだろう。 

   日の光に応じてクルクルと色を変えていく湖はいつまでも観るものを飽きさせない。しかし、いつまでも同じところにいても仕方がないので、下流に向かって歩いた。

 高度が高いせいなのか、意外なほどはやく疲れを感じ、一番下流にある湖にたどり着いたときはすでにばてばてだった。湖から道路に戻るために階段を上に登るのさえ大変な有様になってしまった。もともと身軽なZにかなわないのはやむ得ないことだと思ったが、すっかり巨漢になって鈍い動きであるはずの妹にすら追いつくことができない。だいたい妹は高山病持ちのはずだ。まだ数が少ないとは言え、日々エクササイズに費やしている私の努力は何なのだ。やはりスクワット40回、腕立て30回を朝晩2セットやるぐらいでは、日常必要な体力が得られるのみで、旅行で通用するほどの体力は身につかないということか。倍だ。ぜったいに倍の数ができるようにするぞ。

 湖も、美しいのは上流のほうであって、下流のほうはエメラルド・グリーンというよりも、藻がたくさんあるだけだろうといった色になってしまっていた。そこで、ユー・ターンし、上流へ向かう。しかし、上流への道は思いのほかにきつい。やはり、高度が高い分、空気が薄いのかもしれない。妹が酸素の缶を取り出して吸い始めたので、私もリュックから酸素の缶を取り出して吸い始めた。こっそり自分の分も買っておいたのだ。
 「何で、お兄ちゃんも吸ってるの?」
 「いや、もしかしたら、疲れにも聞くかなと思って。そんなに高くないし、買っておいたんだ」
 今まで旅行ガイドで幾度となく、この酸素缶について読んだことがあったが、使ったことがなかった。一度で良いから試してみたかったのだ。
 「私も使う!」。Zが寄ってきた。
 「お前は元気だから、いらないだろ」
 「やだ。使う!」
 私の手から缶をもぎっとって、酸素を吸い始めた。好奇心いっぱいのZである。似たもの同士だ。
 それから私は、数十メートル歩くたびに、酸素缶を取り出しては吸った。はたから見たら、私が高山病なのか、妹が高山病なのか、よくわからないだろう。もっとも、私のほうは気持ち楽になる程度だったが、妹の方は酸素を吸わずにはいられないといった様子だったから、やはり彼女のが高山病なのだろう。 

 上流へ行くと、小さな棚田が集まったようなところを水が流れ落ちていく場所があり、その下に観光用のヤクが集まっていた。出ていた中国語の看板を見ると、「耗牛」と書かれている。昨日、古城で食べた串焼きはこのヤクの肉だったのか。水の中でのんびりとしているヤクをみると、ちょっとすまない気持ちになる。でも、うまかったよ、ヤクの串焼き。
 なお、中国のインターネット情報によると、この藍月谷はもともとは「白水河」とだけ呼ばれていて、この先の観光地へいくための休憩地点に過ぎなかったとのことである。その後、いくぶん工事を加えて今の形にした後、一つの観光地として観光客たちの注目を集めるようになったとのこと)。

   風景を十分に堪能したので、再びシャトルバスに乗って中継地点に戻った。タイミングよく公共バスが来ていたので、それに乗って麗江へ向かった。私たちのすぐ後ろにこの辺りの住民だと思われる若者たちが座った。きっと街へ遊びに行くのだろう。以前に玉龍雪山へきたとき、私をロバに乗せて手綱を引いて歩いた少年が成長していれば、これぐらいの年頃だろうか。大型観光地化してしまった今では、あんな崖淵のルートをロバに乗って歩くなんてことはもうできないことだろう。懐かしい思い出だ(13:15)。

 13:55、ホテルに到着。歩き回ったため、体力がほとんど残っていない。標高の影響もあるのだろう。バテバテだ。各々部屋に戻って、休憩。(もっとも、これからすぐに会社からトラブルの電話があり、2時間近く対応。ほとんど休憩にならなかった)。 

 夕方、食事に出掛ける。古城に入ってすぐのところにある四川料理屋で食事をすることになった。一番テナント料が高そうなところはきっとまずいに違いないと反対したが、Zが聞き入れてくれず、そこに決まった。案の定、味はいまいちのが多かったが、妹は「涼粉」が気に入ってくれたらしく、助かった。Zは味はともかく料理が出てくるのが遅かったのが気に入らなかったようだった。
 食事後は、腹ごなしも兼ねて、散策とショッピング。妹とZの若い二人は元気だが、私は休憩時間に寝れなかったこともあってあまり体力が回復しておらず、ついていくのがやっとだった。 しかし、なんとか苦行のような時間をこなし、ホテルへ戻ることになった。途中、道端で果物を並べて売っているところがあり、深センでは見られない果物を見つけたZはさっそく購入し、味見をした。「不味い・・・。買う前に試しておけば良かった」。一口かじっただけで、ゴミ箱行きとなった。こうした珍しい果物というのは、稀に美味しいこともあるが、たいていは逆だ。美味しければ、とっくに大々的に売られているからだ。しかし、食べてみなければわからないのも事実。

 さらに先に進んだところに小さな広場があり、そこでは大勢の人たちが花火を上げていた。
 それを見たZはさっそく、「ねぇ、花火やろうよ」と持ちかけてきた。
 「嫌、俺、もう疲れた」と私はさっそく拒絶。
 Zも一人で花火をやるほど酔狂ではない。いつもなら、これで話は打ち切りになるのだが、今日は妹という伏兵がいた。
 「やろう、やろう」と二人で盛り上がり始めた。
 しかし、もう広場は通り過ぎてしまった。このままいけば、無事ホテルに到着だ・・・と思っていたら甘かった。すぐ前に花火屋が現れた。大勢の客が我も我もと花火を買い求めている。もはや私の制止など何の意味もなく、Zと妹は花火屋に突進して行き、花火を物色し始めた。
 事、ここに至っては仕方がない。私も花火買いに参戦することにした。Zと妹は線香花火と連発花火。私は前からやってみたかった打ち上げ花火を買った。男たるもの、やるならでかくやらなければならない。

 さきほどの広場に戻って、花火開始。まずは私の打ち上げ花火からだ。けっこう高かったから、きっと盛大な花火を打ち上げてくれるに違いない。ぽーん、ぽーん、ぽーんと一体何発上がるのだろう。花火を打ち上げたら、すぐに写真をとるぞと意気込んで火をつけた。
 シュルシュルシュルー。火が導線に着くと、瞬く間に花火が上がった。
 「ドーン」。おおっ、期待通り、盛大な花火だ。
 しかし、次の瞬間。シーンと静寂が辺りを満たした。次の花火が上がる気配が全くない。
 「もしかして、これだけ」
 妹がぽつりと言って、皆大爆笑。
 「なんだよ、期待させておいてこれだけ~」
 「そうみたいだね」
 写真など撮る余地は全くなかった。
 続いて、線香花火。線香花火と言っても、けっこう大きい。Zと妹は女性らしい嬌声を上げながら、次々と火をつけた。私も一本もらって参加。きゃっきゃと声を上げてはしゃぐZを見て、花火をやって良かったなと心から思った。私とZの二人だけだったら、絶対に花火をやることはなかっただろうから、妹のおかげだ。
 最後に、連発花火。
 「どこに固定しようか」。私は辺りをきょろきょろと見回す。
 「えっ、手に持ってやるんじゃないの」と妹。
 「え~、危ないよ」
 「でも、みんな、手に持ってやってるよ」
 うーん、確かに手に持ってやっている。しかし危ないだろ。気の小さい私とZは手が出ない。
 「じゃあ、わたしがやるよ」
  おおっ、勇敢な妹君。ささっと、距離を置く私とZ。
 ポーン、ポーン、ポーン。火をつけると、勢い良く花火が飛び出し始めた。
 一発、二発、三発、・・・けっこう数が出て、6,7発が空高く飛び去っていった。
 面白そうだということで、私とZも、後に続いてやった。

 楽しい時間は瞬く間に過ぎて、花火終了。
 「楽しかったね~」
 「でも、お兄ちゃんの花火はしょぼかったね」
 「いや、しょぼくはなかった。一発だけだったけど」
 
  20:30、ホテルに到着。本日はこれで終了。

2010年2月14日
 8:30、出発。朝食は四川料理屋で、麺と料理を数点頼んだ。どれも10RMB前後の値段で、観光地のお店としては非常にリーズナブルだ。味も美味しい。ただ、朝からこんなに料理を頼む客はおらず、私たち以外は麺類しか注文していないので、お店の中ではやや浮いた感じだ。もっとも、そんなことを気にしているのは私だけで、Zも妹もワイワイと騒ぎながら、次々とやってくる料理に手を伸ばして楽しんでいる。妹は特に木耳が気に入ったようだった。木耳は日本では結構値段が高く、あまり食べる機会がないということだ。そう言えば、私も中国に来たばかりの頃、留学生の同級生たちが好んで木耳料理を食べていたという記憶がある。木耳の食べすぎでお腹にガスがたまって苦しんだMさんという人がいたっけ。
 

 朝食を終えると、タクシーに乗ってバス・ステーションへ向かった。春節のため、7RMBの初乗り料金が10RMBになっているとのこと。旅行先よっては、通常料金に10RMB追加ということも過去あったから、良心的と言えば、良心的とも言える。

 バス・ステーションに到着。さっそく、窓口で虎跳峡行きのバスについて尋ねる。ところが、今日は春節のため、虎跳峡行きのバスは出ていないとのこと。
 「1日中ないんですか?」
 「ちょっと待っててください。臨時バスが出るかどうか聞いてきます」
  待つこと5分。
 「誰も行きたくないそうです」
 やられた。まさか、春節で運休とは思わなかった。大都市でなら、稼ぎ時とばかりに値上げした料金でバンバン臨時バスが出ているところだが、これだけ内陸に入ると、そういうケースもあるということか。確かに客数全体が少ないから、臨時バスを出しても全く儲からないだろう。
 さて、どうしたものか。
 「お兄ちゃん、どうするの?」
 「うーん、そうだな。Zが聞いてくれたところによると、大理行きはあるみたいだから、明日予定してた大理行きを今日に回す手はあるんだけど、ちょっと時間が遅いからなぁ。往復6時間はかかるから、大理にいる時間が短すぎるしなぁ。あとは、虎跳峡と石鼓を回ってくれるタクシーをチャーターするって手があるらしいから、そっちで行くか」
 バス・ステーションの建物から外へ出ると、道路脇にたむろっていた運転手たちの一人がこちらに寄ってきた。いかにも観光客専門の運転手といった面構えをしている。
 「どこへ行くんだ?」
 横柄な態度で尋ねてきた。
 「虎跳峡までいくらだ」
 「600RMB」
 「600RMB~!?」
 大げさに驚いてみせるが、運転手は動じない。仕方ないので、一言付け加えた。
 「高すぎるよ」
 「そんなことはない。これが普通の料金だ」
 「ありえないね。どんなに高くても300RMBのはずだ」
 「どうしてそう思うんだ?」
 「ガイドブックにそう書いてあった。虎跳峡と石鼓鎮をまわって300RMBだ」
 「・・・それは平日価格だ。今は春節だから違うんだ」
 なるほど、春節だからぼったくり価格ですか。
 とは言え、中国ではそれが当たり前なのも事実。どうしたものか。
 「何て言ってるの」
 妹が興味津々で尋ねてきた。
 「うん、600RMBで行くって言ってきているんだよね」
 「それって高いの」
 「うーん、高いと言えば高い。ただ、春節だから、微妙だね」
 「ふーん」
 物には相場がある。ガイドブックに乗っている一般的な料金。シーズン時のシーズン価格。今回の場合、シーズン価格と言えば、シーズン価格なのだけれども、ここにいる運転手たちは仲間のようだから、一種のカルテルを形成していて競争が全く存在せず、私たちのほうが大分不利だ。運転手たちは私たちにとって旅行が貴重な機会であり、高いからと言って簡単に取りやめにすることができないことを良く知っているし、私たちの表情にだって、それがありありと表れているだろうからだ。
 私にとって、このようなケースで問題になるのは妥当な料金かどうかではない。何と言ったら良いか・・・。簡単に言うと、料金を下げるべく、精一杯努力をしたかどうかということだ。中国も豊かになってきていて、私たちより裕福な人たちはたくさんいる。しかし、一般の庶民は私たちのような個人旅行をするほど豊かではない。そのような中で、贅沢な旅行をさせてもらっている。行きたいところがあるから、我慢することはできないのだけれども、むやみに妥協するのではなくてできる限り値切るのがなすべきことだと思うのだ。もちろん、これは私の勝手なこだわりで、旅に何を求めるかはひとそれぞれだ。だからこそ、妹にそれを説明するのは難しい。

   「600RMBでは高すぎる!」
 はっきりと拒否の姿勢を示すと、運転手はあっさりと自分の主張を引き下げ、新たな提案をしてきた。
 「じゃあ、別の客と一緒に乗ればいい。そうすれば安くなるから」
 「いいけど、他に客がいるの?」
 「まだいないけど、ほらあそこに数人いるだろ。声をかけてみろよ」
 「やだよ。お前がかけろよ」
 「わかった。あっちは俺が行く。向こうにもいるから、手分けしてやろうぜ」
 そいういうと運転手は通りの向こう側にたむろしてる数人の観光客のところへ向かっていった。
 「どうなったの、お兄ちゃん?」
 すぐさま妹が尋ねてきた。
 「うん、他の客と相乗りなら安くなるから、集めてきてくれだって」
 「集めるの?」
 「いや、いかない」
 何で客が客集めをしなければいけないのだ。それに私は知らない人に進んで声をかけるほど外交的ではない。
 しかし、困った。私たち同じ問題を抱えた様子で、仲間同士話し合いをしているグループは3グループほどいるが、行き先が同じだとは限らない。結局相乗り客が見つからなかったら、どうしよう。600RMBで行くしかないのか?いや、運転手だって、商売ゼロでは困るだろうから、もう少し値切れるはずだ・・・。
 こりゃ無理かなと思い始めた頃、突然運転手が戻ってきた。
 「何人か一緒にいく客がみつかりそうだ。お前たちは400RMB出せよ」
 「えっ、何でだよ。350RMB。それしか出さないよ」
 とっさに少しだけ値切った。運転手は少し迷った振りをした後、OKを出してきた。
 「虎跳峡と石鼓鎮の2箇所を回って帰ってきて350RMBだぞ」と念を押しておく。
 しかし、これは私の失敗だった。しばらくして運転手が連れてきたのは、6人の客だった。しかも、彼らは一人当たり50RMBしか出さないらしい。私たちは一人頭100元以上になるから、だいぶ割りを喰った感じだ。客の人数を確認してから値切るべきだった。それかせめて、最初の言い分である300RMBを固守すべきだった。
 そうだよなぁ、バンなんだから、けっこうな人数が乗れるんだった。後悔先に立たず。もっとも、発車した後に話を聞いてみると、5人の客は皆片道で、途中で降りるらしい。私たちは往復で、さらに2箇所だからむしろ私たちのほうが安くついているともいえるだろう。良かった (10:00)。

 発車した後は、ひたすら走った。街を抜けて川沿いに出ると、あとはずっと川にそって突っ走った。一時間半ほど走った後、山を少し上がったところにある小さな村に到着。私たち以外の客はここからシャングリラ等、別の場所へ向かうらしい。運転手は他の客たちに、行き先を教えた後、私たちにも下車するように促した。
 下車をすると、運転手は「虎跳峡」には二つルートがあると説明した。一つはチケットを買って歩いて登っていくルート、もう一つは車で行くルートで、これはチケットは買わずに車代として50RMBを地元の人に払えばよいとのこと。 選択肢はわかったが、歩いていくことと車に乗っていくこと以外の違いがわからない。昨日ので、歩くのは懲りたから、車でいくとするか。
 決定を伝えると、運転手は バンの周囲に集まってきていた、村の運転手たちのうちの一人と話を始めた。しばらく金額で揉めていたようだったが、客を連れてきたこちらの運転手の立場のほうが強いのは明らかで、当初の予定通り一人50RMBで話がまとまった(キックバックがあったかどうかはわからない)。
 村の運転手のバンに乗車して出発。川際の崖に面した道路をがたごとと車体を揺らせながら上って行く。舗装道路はすぐになくなり、工事中の砂利道が続く。
 「ねえ、さっき『進入禁止』って書いてなかった?」
 妹が聞いてきた。 
 「あった」
 短く答える。
 「えっ、じゃあ、危ないんじゃない」
 「そうだね。まぁ、よくあるんだよ」
 最初から知っていたら、こっちのルートは選ばなかっただろうけれども、乗ってしまったからにはしかたがない。
 先へ進めば進むほど、工事途中であることを示す砂利の山が増えていき、落石などもゴロゴロとあちこちに転がっている。雨の日だったら、とても来られないルートだ。こんな道だから、地元の運転手の車でないと駄目なのだろう。
 「あっぶねぇー」
 妹がオーバーリアクションで、崖のすぐ脇を走る恐ろしさを表現し続ける。確かに、普通の神経では崖下に目を向けてはいられない。ガードレールはあったりなかったりだから、非常に危険だ。幸いなのは砂利道であるがゆえに、スピードが余りでないことだ。これでスピードが速かったら、それこそ目をつぶっていなければ乗っていられない。

 30分弱ほど走ったところに小さな駐車場があり、数台の車が停まっていた。駐車場の隅から、山峡を見下ろすことができる。川の対岸にある細道を大勢の観光客が歩いている。運転手が言っていた、歩いて虎跳峡へ来るルートとはあれのことか。山を登る道なのかと思ったら、川沿いの平らな道を歩いてくるだけだ。それなら、歩くのも大変ではないし、周囲の風景を楽しみながら来られる分、あちらのほうが良かったような気もする。しかも、こちらはこの高みから下に降りて虎跳峡を見た後、再び登ってこなければならないという二重苦である。もちろん、ここからの眺めで満足して帰っても良いわけだが、そういうわけにもいかない。
 運転手は下に降りる気はないらしく、指で指して私たちに降りていくルートを指示した。 下方には自然の傾斜に応じて作られたコンクリートやら木造やらの階段が好き勝手に散るような具合に入り乱れて交じり合っている。指示されたところで、その通りにいけるものではない。とにかく下って行きさえすれば、一番下にたどり着けるはずだ。急な階段ばかりだから、転げ落ちないように慎重に足を進めていくことにした。
 私のほうは、一段降りる度に、(ああ、またここを登ってこなければならないのだな)と憂鬱な思いだったが、野生児Zと巨漢の妹は、そんなことは全く気にならないらしくスイスイと下っていく。こういう階段が複雑に交差しているところは、行き止まりとかもあるから、体力のある二人に先行してもらうと大変ありがたい。「気をつけろよ~」とだけ、声をかけて後ろからトボトボと追っていく。 

 こういった階段を下っていくような場所では、高さに応じて見える風景が変わっていくのが楽しい。昨日行った、藍月谷は人の手が加わり過ぎていて、今ひとつ中国らしさが感じられなかったが、虎跳峡はまだまだ自然の荒々しさが感じられる。妹もきっと楽しんでくれていることだろう。

   階段を降りていくと、途中に掘っ立て小屋がいくつもある。きっと、道路が工事に入るまではこちら側から虎跳峡の眺めを楽しむ観光客もそれなりにいて、土産物屋などもあったのだろう。数年後に道路が完成したら、この階段等も再整備されて大勢の観光客を受け入れられるようなものに変わるのに違いない。まだ整備されない、今の姿を見られたのは幸運だったと言えるかもしれない。

    中途に、「中甸虎跳峡」と彫られた石碑が立っていた。そう言えば、シャングリラと今は呼ばれている地域は、過去は「中甸」という名称だったらしい。運転手が虎跳峡のこちら側はシャングリラ側だと言っていたのとちょうど話が合う。つまり、この石碑は「中甸」が「シャングリラ」になる前に立てられたということだ。石碑の外観からすると、それほど古いことのようではないようだ。この石碑も、数年のうちになくなってしまうのだと思うと今日、ここに来られたことのも何かの縁なのだろうと思える。

*中国のインターネット上のデータによると、「中甸」が正式に「シャングリラ(香格里拉)」と改名されたのは、2001年12月のことらしい。

 

 やがて、虎飛峡のシンボルとも言える巨岩が視界に現れた。白く泡立った激流が巨岩にぶつかって二つに分かれる様は、迫力満点だ。展望台がすぐそばまで伸びていて、じっくりと巨岩の勇壮さを味わうことができる。これほどの巨岩、一体どこから運ばれてきたのか、いや転がるような大きさに見えないから、双璧となっている崖のどちらからが崩れて落ちてきたとみるのが妥当だろう。

 巨岩に関しては、川のどちら側から眺めても、さほど景色に変わりはない。しかし、山峡全体を眺めるには、私たちが下ってきた、シャングリラ側のほうが圧倒的に眺めが良い。反対側は、川が「く」の字になった凹部分に当たるため、上流も下流も奥まで見渡すことができないだろうからだ。対岸側が先に開発されたのは、工事のしやすさと大勢の観光客を受け入れ可能な道路の幅がとれるといった利便性が優先された結果だったのではないだろうか。
 もっとも、シャングリラ側の道路は狭いし、駐車場も広くはとれそうもないから、開発後でも大勢の観光客を受け入れるのは難しそうにも思える。しかし、個人で来るならこちらのほうがお勧めだ。

 下りて来るのは良いが、帰りは大変だ。今回は、はなからZと妹に追いつこうとは考えず、思いっきり休み休み上って行くことにした。そのため、さほど疲れを感じずに上って行くことができた。途中、下りて来るときには気づかなかった樹木の化石に妹が気づいて教えてくれた。ただの木炭のなりそこねのようにも見えるが、珍しいものなのだろうか。

 12:50、見学終了。駐車場に戻ると、車に乗って出発。再び、妹の「ぎょえ~」、「あっぶねぇ~」のややオーバーリアクションな声を聞きながら、中継地点の村まで戻った。それから、もとの運転手の車に乗り換えて、再度出発。

 「これから、石鼓鎮へいくのか」と運転手に尋ねると、「先に食事だ」とのこと。
 あっ、そう。食事にするのかどうかを決めるのは客の私たちではなく、運転手の貴方だというわけだ。まぁ、その真剣そうな顔を見ていれば、貴方が食事にかけている想いはよくわかる。私たちは、たっぷり過ぎるぐらいの朝食をとってきたから、さほど腹は空いていないのだが・・・。
 「ねぇ、今、どこに向かってるの」
  妹が尋ねてきた。
 「食事できる場所」
 「ふーん」
 妹もさほど腹が空いてはいないのだろう。ちょっと不思議そうな顔をした。
 「いや、運転手が腹が減っているらしい」
 説明を加えた。「中国の人は、決まった時間にきちんと食事をとらないと我慢できない人が多いんだ」。
 日本人にはなかなか理解しがたい感覚だ。もっとも、私などは最近はそれに染まってきている。今日は朝食をたっぷり食べたから、さすがにそれはないが、普段は昼食も夕食も決まった時間にとらないとお腹が空いてならない。
 
 問題はここから。こうした運転手が連れて行ってくれる食事どころというのは、超ぼったくり店が多い。そういうときは、断固として拒否をしないといけない。というか、あらかじめ運転手に牽制球を投げておくとしよう。
 「もしも高かったら、俺たちは食べないからな」
 強く念を押しておく。Zもその辺はよく心得ているので、「そうよ、高かったら食べないわ」と共同戦線を張ってくれた。運転手は不承不承な様子で、「わかった」とうなずいた。 妹にも、あらかじめ説明をしておく。

 虎跳峡を出て、30分ほど飛ばしたところにある比較的小奇麗なレストランのところで、運転手は車を止めた。建物のすぐ横の外に調理場があり、野菜やら肉やら魚やらが洗面器に入って並んでいる。夫婦らしき二人と娘ひとりが野菜を分けたり、肉を切ったりしていたが、私たちが下車すると、満面の笑顔で迎えに出てきた。ハンターの眼をして。
 「何をお食べになりますか」
 「メニューはないの?」
 「ありません。こちらから、直接選んでください」
  娘は棚やら地面やらに並べられて、肉、魚、野菜の入った大小の洗面器やらボールやらを指差した。
 メニューがない、は黄色信号だ。本来なら、すでに赤信号だが、麗江に来てから食事をした何軒かの安レストランでも、メニューではなく、直接材料を選んで食べるのがメインだったから、決めつけるのは止めにしていた。麗江のある雲南省は少数民族が大半を占めるから、メニューよりも時価で価格交渉をするほうが自然なのかもしれない。
 「じゃあ、とりあえず、一つ値段を聞いてみようよ」
 「うん」
 「そこのドクダミの根っこを炒めたらいくらか聞いて」
 Zが値段を尋ねた。
 「18元です」
 娘がさらりと答えた。
   高い。
 「じゃあ、肉を加えるといくらなんだ?」
 「45元です」
 「45元!」
 私とZが同時に驚きの声を上げた。ドクダミの根っ子と肉の炒めもので45元とは完全なぼったくり店である。これは交渉でどうにかなる価格ではない。
 「それだったら、(ここでは)食べない」
 Zがなんと言うかわからない。価格交渉をしようとするだろうか?そう思ったが、さすがに馬鹿らしいと感じたのだろう。
 「そうね。車に乗りましょ!」
 するに同意して、すたすた歩き出した。
 娘は、「高すぎたら、安くできますけど・・・」と言ったが、ちょっとばかり安くしてもらってどうなるぐらいの差ではない。また、有名な観光地であることから、ひっかかる客もたくさんいるのだろう。私たちが歩み去るのを強く引き止める様子もなかった。
 運転手は、念押しをされていたため、心の準備があったのだろう。私たちが「高すぎるだろ、ここは!」というと、「わかった」とだけ言って、再び車を走らせた。あれだけ念を押しておいても、とりあえず連れて来るところはさすが中国人である。前もって説明しておいたので、妹も「はやいねぇ~」と言っただけだった。

  車が発車すると、もう一回運転手に念を押す。
 「高かったら絶対に食べないからな」
 「わかったよ。今度は大丈夫だ」
 「ドクダミの根っこと肉の炒めもので、45元なんて信じられないよ。深センだってそんなに高く