武当山の旅


武当山

灰色の部分が湖北省です。

2006年1月31日

 中国人向けのガイドブックによると、列車のルートは(武漢市)「武昌」→「襄樊」→「十堰」となっていて、「武当山」は「十堰」の少し手前にあるので、「十堰」まで列車で行き、バスで「武当山」まで戻るのがベストだということだった。
 しかし、Zは対面に座ったおばさんと会話を交わすうちに、この列車が「武当山」にも停車するということを突き止めた。当然のように「○○(私の名前)、この列車は『武当山』に泊まるんだって。だったら、『武当山』で下車しましょうよ」ともちかけてきた。
 ルート変更はあまり望ましくないが、「武当山」という山そのものの名前をかかげた駅があるのでは拒否するのは難しい。「『十堰』は比較的大きな都市だから、良いホテルに泊まりたいなら、『十堰』で一泊した方がいいらしいよ」と勧めてみるが、これは念押しのためだけである。予想通り、「ホテルなんて何でもいいわ。『武当山』の山の中のホテルに泊まりましょうよ」と即答が返ってきた。ホテルが気に入らないといつも不満たらたらのZであるが、泊まる前はいつも「どこでもいいわ」と言うのである。ともあれ、「十堰」に寄らずに済めば一泊節約できる可能性もある。念のため、「どんなホテルでも文句を言わないな」と再度確認をし、「武当山」駅での下車に同意することにした。

【列車の中】

 

  13:20、「武当山」駅到着。プラットホームに降り立つ。駅舎の方向に向かって歩くが、私たちが立っているホームと駅舎の間には線路が二本走っている。渡る場所はどこかと目をキョロキョロさせるが、見つからない。
 「こっちよ、こっち」とZが線路に足を踏み出す。
 「そりゃ危ないだろ、ちゃんとした渡る場所を見つけようよ」
 「ないわよ、そんなの。みんな線路の上を歩いているじゃない」
 確かにそうだ。でも、もうちょっと向こうに行けば、線路をコンクリートに埋め込んで通路らしきものにした場所があるのではないだろうか。だが、そんなややこしい話を中国語で伝えるのも大変だし、何よりも、わざわざそこを渡る意義を伝えるのが難しい。コンクリートに埋め込んであるだけじゃ危険度も大して変わらないし、むしろそこまで行く時間の間、次の列車が来る危険の方が大きそうだ。説得を諦めて、Zの後をついて線路を渡った。

【武当山駅到着】

 

  反対側のプラットホームにたどり着くと、ホテルの客引き達が鉄の柵越しに次々と声をかけてくる。うるさいが柵越しなので害はない。無視して、改札の方へ向かった。

【武当山駅】

 

 改札を抜けると、柵沿いに移動してきた客引きたちが下車してきた人々に対して勧誘を始める。幸いと言うべきか、今回は硬座の車両に乗車してきたので、客引きたちにとってさほど美味しい客のようには見えないらしい。「街に出て自分たちの目で見てホテルを決めるから・・・」とZが2,3度拒否を示すと、客引きたちは別の乗客を探して離れていった。

 小さな街らしく、数分歩いただけで駅から数分歩いただけで中心街と思われる場所に着いた。春節の真っ最中とあって、どの店も閉まっている。湖南省旅行の時は、同じ春節でも、ここまでお店が閉まっているということはなかった。湖北省では省都武漢の中心地を除いては、こんな光景ばかりだ。湖南と湖北では生活習慣が異なるのか、或いは昨年は時期が微妙に違ったのだろうか。

【武当山のふもとの街】

 

 住民と思われる人たちが少なからず歩いているので、ゴーストタウンでないことはわかる。しかし、お店が全く開いていないのでは、土産物探しで時間をつぶすこともできない。さて、どうしたものか?と悩んでいると、一台の配送車が目の前に止まった。

  「乗ってけよ。山の上まで行くんだろ」と助手席にいる男が後部座席を示して、呼びかけてきた。後部座席にはすでに客が一人乗っている。Zがどうする?とこちらを振り向く。(乗り合いは嫌だなぁ)と私は首を横に振ったが、Zは「いくら?」と助手席に座っている男と交渉に入った。
 「一人10RMBだって」とZが明るい声を出す。
 「10RMB?(うーん、安いなぁ)」
 ガイドブックでは、もっと高いようなことが書いてあったし、この値段ならOKだろう。しかし、相乗りはなぁ。私が悩んでいると、Zが「ほらっ、乗りましょうよ」と言ってきた。Zはホテル巡りで歩くのが嫌なので、さっさと山上に上ってしまいたいのだ。
 「わかった。乗ろう」と決断を下す。武当山には、ふもとにも観光できる場所がいくつかあったと記憶しているが、この際、後回しにしよう。寺巡りじゃなく、山登りに来たのだしな。

  13:45、乗車。助手席に座った男が盛んに話し掛けてくる。民宿を経営しているらしい。「俺のところに泊まらないか?」と何度か尋ねてくるが、Zがいい顔をしない。  

【配送車に同乗】

 

 数分で、武当山の入場門に到着。運転手はもちろん、助手席に座っている民宿の経営者と後部座席の一番左側に座っているホテル働きのおじさんも、入場料免除。門に到着する前、彼らが「黙っていれば旅客だとわからないよ」とアドバイスしてくれたが、私たちはリュックを背負った、いかにも旅行者という格好だ。入場門を管理しているスタッフに何度か質問をされているうちに、これ以上はかわしきれないと判断し、下車してチケットを購入することになった。チケット代は入場料80RMB+保険料(地図代だったか?)2RMB=82RMB/人。

 入場門を抜けると、民宿の経営者が再びアピールをしかけてくる。あまり熱心なので、私が「どう?」と促すと、Zは「エアコンはあるの」と男に尋ねた。男が「エアコンはない。でも、炭を部屋に持っていくよ」と答えると、「エアコンがないんじゃ駄目。こんなに寒いのに、エアコンなしだったら、死んじゃうわ」と再び拒否の姿勢に入った。
 男が何を言っても、「エアコンがないんじゃ駄目」と受け付けない。私は部屋で炭もたまには悪くないなと思い、「一泊いくらなの」と聞いてみた。すると、男は喜んで「60RMBだよ。ちゃんとしたホテルに泊まると、150RMBはするぞ」と返事をした。どうせ、山の上のホテルだ。よほど高いところでもなければ、設備なんて似たり寄ったりに違いない。貴州に留学していた頃は、どこの家でも、鉄でできた専用のテーブルの真中に、炭を放り込んでは燃やしながら暖をとっていた(私の宿舎は電気ストーブ)。テーブルを囲んでヒマワリの種を食べては会話をする時間はとても楽しく、いい思い出だ。もう一度、「60RMBだってよ。安いじゃん」とZの関心をひいてみる。しかし、いつもなら飛びついてくるはずの料金差に今回はノーコメント。ただ、首を横に振るばかりだった。昨年旅行に行った湖南省の張家界のホテルで暖房が十分に効いておらず、ずいぶん寒い思いをしたから、寒さに対する拒絶反応が強いのだろう。
 私も、炭火が懐かしく感じられはするものの、炭の場合、寝る時には消さなければならないだろうし、早朝も炭火を寄越してくれるかどうか疑問が残る。だから、どうしても民宿に泊まりたいというほど強い気持ちになれず、Zの説得をあきらめた。 
  私は武当山の地図を広げて、この車の到着地を質問する。乗車料金の安さにとらわれて、山のどこで下ろしてもらうかと明確にしていなかったからだ。
 「南岩の駐車場に着くんだよ」と後部座席の左に座った男が教えてくれた。
 (南岩、南岩、南岩、あった!ここか・・・)。
 山を5分の4ほど上ったところに、「南岩」と書かれた場所が見つかった。すぐそばにある駐車場の名称は「烏鴉嶺停車場」だ。
 「この『烏鴉嶺停車場』というところか?」と確認の質問をすると、皆がうなづく。
 なるほど、この南岩から頂上へ登っていって、それからケーブルカーで、隣の峰(或いは下山?)へ移るわけだ。ケーブルカーの到着地点には『中観停車場』というもう一つ別の駐車場がある。そこから車で下山できるのだろう。地図上では、南岩とふもとの間にもたくさんの見所が記されているが、一日で回れる範囲としては、この車の到着地である「烏鴉嶺停車場」から、ケーブルカーの到着地である『中観停車場』までのコースがベストというところだろう。
 
 後部座席に座っている男に、「じゃあ、こうやってグルリと回るコースなんだね」と地図上を指で示して尋ねると、うん、うんと頷いて同意してくれた。さらに、「今日、南岩とそこから下ったところにある『紫霄宮』をみておいて、明日、頂上まで上ってぐるりと回って降りてくるといいよ」とアドバイスをくれる。
 「でも、逆に、『中観停車場』に先に行ってケーブルカーで頂上まで上がって、それから下ってくることもできるんじゃないの?」。そうすると、ほとんど下りの行軍になりぐっと楽になる。もっとも、それでは山登りとは言えず、来た意味がない。言ってみただけだ。だが、男たちの反応は予想以上に冷たく、一人が「できるけどもね・・・」と言って、表情を険しくしてこちらを見て黙った。
 (これはどういう反応?「そんなのは年寄りのやることだ!」という意味なのか、「そんなコースで行かれたら、一泊すらする必要がなく、山上で生活する人の稼ぎがなくなる」という意味なのか)と思ったが、突っ込んだ質問をする雰囲気ではない。よくわからないので、「まぁ、せっかく来たのだから、歩いて上らないとね・・・」と言い訳もどきの話をして口を閉じた。

 気まずい雰囲気を打開するためか、民宿の経営者が質問をしてきた。
 「貴方たちはどこから来たんだい」
 Zは口を開きかけて、再び口を閉じて私の様子をうかがった。この質問は素直に答えていくと、私が日本人であることを明らかにすることになるので、Zも答えるのに慎重だ。Zはもともと、私が日本人であることを明らかにすることに積極的ではない。基本的にトラブルのもとであると考えているようだ(日本人と交際していることに引け目を感じている面もあると思う)。
 日本人であることがわかると、途端に態度が変わったり、歴史問題に話が発展したりするケースもあるので、私自身も、日本人であることを明らかにすることはできるだけ避けたいと考えている。しかし、私の中国語のレベルでは、長い会話になった場合、中国人の振りをするのは無理がある。だから、思い切って日本人であることを言ってしまう場合と質問に直接答えるのを避けるにとどめる場合の二通りのケースが出てくる。
  私と一緒に行動をすることが多くなってきた当初、Zの主張は「適当にどこかのと遠い省の中国人の振りをすればいいのよ」というものであった。しかし、接客商売の中国人は外国人と接することが多い。私が日本人であることを即座に断定したり、日本人であることを特定できないまでも外国人であると見抜くケースが予想以上に多いことをZも認めるようになった。そこで、日本人であることを明らかにするかどうかは私が決めるのが今では暗黙の了解になっている。

 「武漢から来たんだよ」と私が答える。
 Zはほっとした様子で「そう、さっきの列車で来たのよ」と続ける。
 民宿の経営者は私たちが湖北人でないことを見抜いた上で、質問をしてきているので、はぐらかされてイラついた様子を見せた。Zは全然気にせず、「思ったより、近かったわ。5時間ぐらいだったもの」と話し続ける。「本当は、『十堰』まで行ってからバスで戻ってくるつもりだったのよ。○〇(私の名前)が武当山では列車が停まらないって言うから」。
 「そうじゃないだろ。(言うには言ったが、)それはガイドブックに書いてあったからだろ!」と私まで話に巻き込まれ始めた。民宿の経営者は、聞きたいのはそういうことじゃないという様子で首を横に振ってみせている。
 「武漢は大きな都市よねぇ」とZは続ける。自分の話したいことだけ話し、後はお構いなし。ある意味、わかりやすい。しかし、民宿経営者のイライラした様子を見かねて私が口を出した。
 「一昨日(厳密にはさらに一日前)、深センから『宜昌』に着いたんだ。それから、武漢に行って、今日ここに来たんだよ」。
 民宿経営者は、それが聞きたかったんだよと大きくうなづく。中国人は動作が大きくて感情が読み取りやすいのがいい点だ。多民族国家だからだろう。日本人のように表現を抑えるということがあまりないのだ。
 「深センから来たのか。それで、発音が違うんだな。最初、話を聞いたときから、湖北人じゃないことはわかったんだけど・・・」と満足げに話し、口を結んだ。

 霧の中を突き進む一行。しばらく沈黙が続いた後、Zが口を開いた。
 「貴方たち、みんな、いいわよねぇ」
  (・・・いいって、何が?)と皆が首をかしげる。
 「毎日、山登れて・・・」と続けるZ。
 えっ・・・、あ~、あれか。いつもの羨ましがり病(?)である。Zは旅行に出ると、やたら他人をうらやましがるのだ。最近では、内モンゴルで砂漠の観光用ラクダの引率係を羨ましがり、広西省でボート漕ぎの船頭さんや日夜交代でタクシーを運転している夫婦を羨ましがったのが記憶に新しい。毎日楽しく、苦労なく、お金が入ってくる(ように見える)というのがポイントのようである。
 しかし、配送車の運転手や乗客に対してまで羨ましがるとは思わなかった。乗客二人のうち、一人は民宿の経営者、もう一人はホテルの従業員である。今回の対象は全員職業が違うから、羨望の対象は「武当山」で生活している人たちということのようだ。
 私は理解したが、運転手も他の乗客も(何を言ってるんだ?)という様子だ。
  「だって、すごく良いわ。毎日、武当山みたいに景色のいいところで暮らせて・・・」
 「空気もきれいだし、水も美味しいし・・・」
 「山菜だって食べられるし・・・」
 無邪気なZの感想に、最初は(皮肉か?)という様子で厳しい顔をしていた乗客たちも、とうとう笑みをこぼし始めた。良かったな、Z。皆いい人たちばかりで・・・。俺が彼らの立場だったら、どやしつけているところだぞ。というか、今俺が、おまえをどやしつけたい。毎日、家でテレビを見てゴロゴロしていて、武当山で汗水たらして働く人たちを羨ましがるとは何事だ。明日から、この民宿のおじさんのところで働け!!もちろん、私の心の叫びがZの耳に届くことはない。

 14:20、駐車場の一番奥にある「南岩大酒店(ホテル)」に到着。
 「ここでいいだろう」と運転手がいう。
 (なぜこの一番奥のホテル・・・?この駐車場の周囲にはたくさんの別のホテルがあるのに・・・何で?)と思ったが、ここで運転手を問い詰めても仕方がない。部屋を見てみて、嫌なら自分で別のホテルを探せばいいのだ。二人分の料金20RMBを渡して、下車した。

【南岩ホテル】

 

  車が停車するとほぼ同時に、フロントから玄関に出てきていた太ったおばさんが、こちらへ歩み寄ってきた。
 「一泊ですか?」と尋ねてくる。
 「一泊いくら?」と逆に質問をすると、「200RMBです」と答えが返ってきた。
 200RMB。相場がわからないので何とも言えないがちょっと高い気がする。
 「とりあえず部屋を見せてくれ」と要求すると、「いいですよ」と私たちを二階に連れて行ってくれた。
 部屋は、お世辞にも立派とは言えない。ボロホテルに、安いリフォームをほどこした感じだ。致命的なのは、シャワーの給湯が電気式になっていること。夏ならともかく、雪山のホテルで電気式給湯は頂けない。だが、Zはエアコンが設置されていることに満足してもはやここを動きたくない様子である。
 部屋の外に出て、廊下で腕組みをして悩む私に、Zが様子をうかがいに来た。
 「どう、ここで泊まる?」
 「うーん、シャワーが電気式なんだよなぁ」
 「もうちょっと安くなるんだったら、いいわよね」
 (いや、そういう問題じゃない)。そんな私の気持ちにまったく気づかずZがおばちゃんと交渉を始める。
 「ねっ、もう20RMB負けてよ」
 「そぉーね。それじゃ180RMB。それ以上は駄目よ」
 「○○(私の名前)、180RMBだって。いいでしょ」
 「うーん。でもなぁ。やっぱり、他のホテルもみてみないか?」
 途端に露骨に不機嫌になるZ。ぷくっ~と頬を膨らませる。
 「また、荷物もってウロウロするのぉ~。どこでも変わらないわよ」と文句たらたらだ。
 「夜になると、他のホテルでは水が凍ってお湯が出ないけど、私のホテルはちゃんとお湯が出るのよ」とおばさんが自信ありげに付け加える。でも、私と目を合わせようとしないのが怪しい。「どうしてここだけお湯が出るんだ?」と突っ込むと、「別にお湯を沸かす設備があるからよ」と答える。三ツ星クラスでもっと上等なホテルがあるようなのに、このホテルだけしかお湯が出ないなんてことはないだろう・・・。そうは思ったが、実際に行ってみないことには確かめる術がない。Zをみると、もうテコでも動かないぞといった様子だ。
 「わかった。ここに泊まろう」 と私は決断した。
 やった!とZがにんまりとする。
 「でも、後で文句いうなよ」と釘をさしておく。
 「言わないわよ」
 (どうだかな)と思ったが、口には出さない。
 
 フロントに戻って、チェックイン作業に入る。先払いで、200RMB。明日部屋の鍵を返すと20RMBを返してくれるとのことだった。領収書を受け取って、財布に突っ込む。おばさん、なぜかご機嫌な様子だったので、武当山のまわり方を教えてもらうことにした。
 「一泊二日でしょ。だったら、今日は部屋に荷物を置いたら、『南岩寺』を見てくるといいわ。それから、『紫霄宮』ね。これは外せないわ。明日は、すぐそこのところから、頂上に向かって登っていって、それからロープウェイに乗って、こことは別の駐車場まで降りていくの。そこから、タクシーでふもとまで降りるといいわ」
 「でも、荷物はどうするんだ。ここまで取りに戻って来なければならないだろ」
 リュックは背負っていくとしても、ボストンバッグは持っていけない。
 「それは、明日、フロントに預けて行けばいいわ。ふもとにもこのホテルのチェーン店があって、そこに荷物が届くようにしておくから」
 「俺たちが下山する頃までに届くんだよな」
 「そうよ」
 「ふーん、便利なサービスだねぇ」。私とZは顔を合わせて感心する。
 「これが私たちのホテルの特別なサービスなのよ」とおばさんは得意げな顔をして見せる。それから、ふもとにあるというホテルのパンフレットを渡して寄越した。

 14:50、荷物を部屋に置いて、さっそく出発。
 ホテルの横に並んでいる小さな土産屋数軒を過ぎたところに石段があり、そこを登っていく。手すりもついていて、安心だ。山によっては、すぐ脇が崖になっているにも関わらず手すりのない場合もあるが、南岩寺までの道はよく整備されているようだ。安心して歩を進める。

【南岩寺<1>】

 

【南岩寺<2>】

 

【南岩寺<3>】

 

【南岩寺<4>】

 

【南岩寺<5>】

 

  しばらく登ったところから、ふもとを眺めると、山と山の合間が霧でいっぱいになっている。霧はどんどん広がっていくようで、隙間があると、水流のように流れ込んでいく。
 「空気も澄んでいるし、なんだか天界にきたような気分ね」とZもご機嫌だ。
 「なるほど。でも、Zが天界にきたということは、天界が汚染されたことになるのではないだろうか?」
 私が素直な疑問をぶつけると、Zは手を振り上げてポカポカと私を叩き始めた。ひどい。暴力反対。

【南岩寺<6>】

 

【南岩寺<7>】

 

 途中、なんどか、私たちが宿泊するホテル一帯が見える。どの建物の屋根の上にも雪が残っている。今晩は冷え込みそうだ。

【南岩寺<8>】

 

【南岩寺<9>】

 

【南岩寺<10>】

 

【南岩寺<11>】

 

【南岩寺<12>】

 

【南岩寺<13>】

 

【南岩寺<14>】

 

 石段を上り、石門を抜けると、レンガ作りの古代の建物がある。ツアー客を連れたガイドが、崩れるかもしれないので、あまり近づかないでくださいと警告を発している。オイオイ、崩れるのかよ。慌てて、距離をとって歩く。この辺りの建物は、真四角で、なんとなく洋風な雰囲気がある。

【南岩寺<15>】

 

【南岩寺<16>】

 

【南岩寺<17>】

 

【南岩寺<18>】

 

  15:40、南岩に到着。唐の時代、中国8仙人の一人「呂洞賓」がここで修行をしたらしい(中国8仙人は日本の七福神のルーツとも言われている)。8仙人は中国で人気があって、西遊記で有名な孫悟空と一緒に戦ったりする物語もあるそうだ。

【南岩寺<19>】

 

 南岩寺の建物は、ガイドブックの写真をみると綺麗に写っているが、実物は今にも崩れ落ちそうなぐらい老朽化している。一部は、「工事中」と看板が出ていて補強用の柱が立てられていたが、工事をしていそうな様子はない。

【南岩寺<20>】

 

 建物の中に入ると、焼香ができる場所があり、ミニチュアの門が設置されている。この方角に武当山の頂上があるとのこと。と、ツアー客のガイドが言っていた(と思う)。

【南岩寺<21>】

 

 建物の一角に小さな人だかりができていたので覗いてみると、大きな壷が置いてあり、皆がそこに硬貨を放り込んでいる。水中に龍の置物があり、その牙の上に硬貨が載ると願い事がかなうらしい。Zと一緒になって、硬貨を数個放り込んでみるが、牙どころか、龍本体にかすりもしない。どうやら、願い事には縁がないようだ。

【南岩寺<22>】

 

【南岩寺<23>】

 

 来た道を戻る。周囲が少し薄暗くなってきた。今日中に「紫霄宮」も見ておかなければならない。Zを急かしながら、山を下った。

【南岩寺<24>】

 

   16:00、ホテル脇の山道入口に到着。今度は、舗装道路に沿って、山を下る。フロントのおばさんによれば、道なりに歩いていくと途中に近道があり、そこを下りていけば30分ぐらいで着くとのことだった。「タクシーで行こうよ」というZを説き伏せ、徒歩での行軍を決行する。旅は「歩き」だよ。

 しぶしぶと徒歩での「紫霄宮」行きを受け入れたZは、だったらエネルギー補給をしなければとばかりに途中の小物屋で燻製タマゴを購入。ぱくつきながら、歩いていく。しばらくすると、後ろからバンが走ってきて乗っていかないか?と声をかけてきたが、私が「けっこうです」と断りを入れる(多分有料だし・・・)。名残惜しそうにバンを見送るZ。

【紫霄宮<1>】

 

 しかし、いつまで経っても近道らしきものが現れてこない。舗装道路が延々と続くだけだ。しかも、歩道がないので危険なことこの上ない。「近道ないねぇ」とため息が出始めた頃、道路脇でごみを片付けている掃除婦らしき人が現れた。「近道どこか聞いてみるね」とZが駆け寄っていく。Zが「すみませーん。『紫霄宮』までの近道ってどこにあるんですか?」と愛想のいい声で尋ねると、掃除婦は親切に近道のある方向を指差した。
 道?どこにあるんだ。怪訝な表情をしている私たちに懸命に道を示す掃除婦。どうやら、道が雪で埋まってしまっているらしい。「気をつけて降りて行きなさい」と親切なアドバイスを残して掃除婦は去った。
 雪の斜面を眺める私とZ。なだらかではあるが、道というよりも崖だ。足を滑らせたら下まで転げ落ちていきそうなぐらい何もない。しかも、雪で覆われているし・・・。「近道はあきらめよう」と私が促すと、Zも無言でうなづく。

  さて、困った。近道が前提で、30分で着くことになっていた「紫霄宮」である。近道がいけないとなると、どのくらいかかるのだろうか?Zが「遠い、遠い」と文句を言い始めるのをなだめて歩を進める。明るいうちに「紫霄宮」に着けるのかなぁ。

【紫霄宮<2>】

 

 さらに、歩きつづけ、このままでは着いた頃には真っ暗になっているのではないかと心配になり始めた頃、再び近道らしきものが見えた。今度は雪がかかっておらず、人が十分歩けるほどの広さで土が均されている。
 「こっちから行きましょう」
 「うーん、でも、この道で本当に『紫霄宮』に出れるのかな?」
 「絶対こっちから行く!」
 Zの意思は固いようだ。うーん、まぁ、舗装道路は大きく蛇行しながら下に向かっているようだし、下っていく限りは最悪でも中途で舗装道路にぶつかるはずだ・・・多分。行ってみるか。

【紫霄宮<3>】

 

 Zが近道を元気良く進んでいく。行けそうだなと思うときは私の数十メートル先を歩き、気が進まない時や不安なときは十メートルほど後方を歩くのがZだ。実にわかりやすい性格だ。

【紫霄宮<4>】

 

 しばらく歩いていくと、農村らしきものが見えてきた。おおっ、これなら安心だ。道理で道がしっかりしているはずだ。ここを無事通り抜けられさえすれば、「紫霄宮」に辿りつかなかったとしても、相当近づいているはずだ。途中、道路脇に子犬が現れたので、しばらく撫でていると、近くの家からお爺さんが現れた。すかさず、「『紫霄宮』ってこっちでいいの?」とすかさず尋ねるZ。お爺さんはそうだという様子でうなずく。何か喋ったが、方言のようで私には理解できない。Zはわかるのだろうか?

【紫霄宮<5>】

 

 農村を抜けようとしたところで、道の向こう側から若者が二人やってきた。「『紫霄宮』までどのくらい?」とZが尋ねると、「数百メートルほどで着くよ」とのこと。あと少しだ。

【紫霄宮<6>】

 

 16:50、「紫霄宮」に到着。結局、一時間弱かかった。近道を行けば30分という話だったが、やはり第一の近道を下りることができなかったために遅くなったのだろうか(どちらかというと、天国への近道のように見えたが・・・)。或いは、いわゆる中国式の半時間という意味で、単に近いということが言いたかったのか。とにかく、帰りは車に乗って戻るとしよう。

 入場料は、普段は10RMBとのことだが、春節ということで5RMB/人でOKとのこと。道教の聖地とあって、リーズナブルな発想だ。

【紫霄宮<7>】

 

 中に入って、階段を上っていく。ここは斜面に沿って建てられた奥行きのある建築物のようだ。「紫霄宮」はインターネット上の情報によると、明の時代(1413年)に建設されたもので、武当山にある建築物の中では、保存状態がもっとも良いものの一つであるとのことだ。

【紫霄宮<8>】

 

【紫霄宮<9>】

 

 青を基調.とした(道士?)服をきた修行僧たちがすれ違っていく。これまで訪れたのある山や寺では見かけたことのない服であり、武当山が特別な山であることを感じさせてくれる。

【紫霄宮<10>】

 

【紫霄宮<11>】

 

 階段、建物、階段、建物を繰り返して一番上まで上り、最後の建物を見学してから今度は反対側の階段から下る。「紫霄宮」は最近中国で放映されたドラマ「武当Ⅱ」でも撮影に頻繁に使用されているので、中国に滞在中の人なら、先にDVD等でドラマを見てからいくと一層感慨深いことだろう。

【紫霄宮<13>】

 

 途中、消火器ボックスの周囲に、干し大根(Zが教えてくれた)と高野豆腐(中国が先だろうから、凍り豆腐か?)が置いてあるのに気づいた。きっと道士たちが食べるのだろう。(凍り豆腐は、豆腐に熱湯をかけ、寒い屋外に置き、凍らせる。昼間にそれが解け、夜にまた凍る。それを何度も繰り返すうちにスポンジ状に穴の空いた乾物の豆腐ができるというのが古来の製法らしい)。

【紫霄宮<14>】

 

【紫霄宮<15>】

 

【紫霄宮<16>】

 

【紫霄宮<17>】

 

  17:20、「紫霄宮」の見学を終える。駐車場に数台のタクシーが停まっていたので、Zが交渉を始める。ところが、一人15RMBから下がらない。諦めて、歩いて戻ろうとしたところ、「俺が乗せていってやる。10RMBでいいよ」というバイタクの運転手がいた。「あんた達を知ってるからさ」だそうである。(一体どこで?)と疑問に思いつつも、Zと私は後部座席に座った。バイク三人乗りである。ちょっと危ない。
 バイクが動き始めると、(はて、10RMBというのは、一人10RMBのことか、或いは二人で10RMBのことか?)と悩む。タクシーの運ちゃんたちは1人15RMBだったわけなんだが・・・。まぁ、とりあえず10RMBだけ出してみて様子をみるか。
 5分ほどで、さきほどZが燻製卵を購入したお店に到着。(何で?ここなんだ)と疑問に思ったが、ヘルメットを外した若者の顔を改めて眺めて合点がいった。燻製卵を買うときにお店に出てきた若者だったのだ。「この人、さっきのお店の人だったんだ・・・」と私が口に出すと、Zが「そうよ、気づかなかったの」と応じた。全然気づかなかった。さっきは、ほんの子供のように見えたんだけどなぁ。

 17:50、途中の土産物屋で買い物をして、ホテルへ戻った。さあ、シャワーを浴びようと思ったが、お湯が出ない。このホテルだけは、お湯が出るんじゃなかったのか。すぐにホテルのスタッフを呼ぶと、「あれぇ、おかしいわねぇ」と首をひねるばかり。「お湯があるからって、このホテルにしたんだぞ」と文句を言うと、「ちょっと待ってて」と言って、お湯の入った魔法瓶を数本もってきた。魔法瓶かよ。一泊180RMBで魔法瓶のお湯はちょっとひどいんじゃないか?これだったら、あの民宿のオヤジのところに泊まっても大して変わらないだろう。「ホテル変えようか?」とZに言うと、意外にも寛容なことに、「いいじゃない。お湯持ってきてくれたんだから。足を洗うから、もう二本持ってきてよ」とスタッフに頼む。疲れて、もう動きたくなさそうな様子だ。Zがいいなら、我慢するかと追加の魔法瓶の到着を待つ。
 ところが、魔法瓶を待つ間に問題が発生。「このエアコン、スイッチが入らないわ!」とZが騒ぎ始めたのである。リモコンのスイッチをかちゃかちゃとやっている。「何よ!動かないじゃない、このエアコン」。「これが動かなかったら、ホテル変えましょう」。怒り心頭の様子である。お湯が出ないのは許せるが、エアコンがないのは耐えられないらしい。どうやら、昨年張家界のふもとのホテルで凍えそうになったことがトラウマになっているようだ。
 スタッフがお湯の入った魔法瓶を持ってくると、「エアコンがつかないわよ」とさっそく文句をいう。スタッフはしばらくリモコンをいじっていたが、諦めて、「修理担当のものを呼んできます」と去っていった。待っていると、修理担当者登場。カチャカチャとリモコンをいじった後、「動きました」と言って、Zにリモコンを渡した。あっと言う間である。どうやら、リモコンの操作ミスだったようだ。「まだ動いてないわよ」とZが言うと、「しばらく待っていてください。動き出しますから」と返事があった。どうやら、起動までに時間のかかるタイプのエアコンで、Zがそれを知らずにリモコンをカチャカチャやっていたために動かなかっただけらしい。修理担当が去ると、待ちきれないZは再びリモコンをいじろうとし始める。「ほらっ、いじるとまた動かなくなるから大人しく待っていろよ」と戒めると、「わかってるわよ」と不承不承リモコンを手放した。
 数分して、エアコン起動成功。スイッチを入れても、ランプが着くだけでどこも動かないというのもわかりにくいシステムだ。そう言えば、以前、雲南省の大理を旅行したときに、このタイプのエアコンのせいで一晩寒い思いをしたことがあるなぁ。

 18:15、ホテルの外へ食事に出かける。しかし、辺りはすでに真っ暗になりつつある。躊躇していると、若奥さんらしき人が、こちらで食事をして行かないかと声をかけてきた。手で示す方向をみると、ホテルに連なった建物だ。ホテル内のレストランは馬鹿高い場合があるので、あまり好きではない。しかし、こんな観光地の真っ只中では、どのお店も高いだろうし、返ってホテルのレストランのほうがましかもしれない。「どうする?」とZに尋ねると、一瞬躊躇った様子を見せたが、「いいわよ。そっちで」と同意を示した。

 席についてメニューにパッと目を走らせる。高すぎるようだったら、別のレストランへ行くつもりだった。幸い、深センのレストランと変わらないぐらいの値段の料理がそこそこ揃っていたので、適当に三品を注文する(もちろん、高い料理もたくさんあったが、これらは旅先での散財を好む人向けの料理だろう)。
 隣のテーブルでは夫婦一組と娘一人の家族が食事を始めた。一皿の料理を三人でつついて食事をしている。仕切り屋の奥さん主導の旅のようだ。旅先では、親戚一同引き連れたような、大勢でワイワイやっている中国人ばかりが目に入るが、家族三人で旅に来る人たちもいるのだ。中国人にしては珍しい部類だとは思うが・・・。

【夕食<1>-武当山-】

 

【夕食<2>-武当山-】

 

【夕食<3>-武当山-】

 

 部屋に戻ると、Zはさっそく洗面器にお湯を流し込んで、足を漬ける。私が初めて中国に来た年のこと、一泊させて頂いた学生の家で、「これで足を洗ってください」とお湯の入った洗面器を出されてひどくびっくりしたことがある。中国人は体全体を洗わなくても、足を洗うだけで結構満足するのだ。これも生活環境の成せるわざだろう。
 私たちのアパートではシャワーを浴びれるし、旅先で泊まるホテルにも、たいていバスがついているので、Zが足を洗うだけで満足できるタイプだとは知らなかった。そもそも、私と一緒に旅行を始めたばかりの頃はZも、ホテルに泊まる度にバスに浸かるのをひどく楽しみにしていたと思うのだが、最近はそういう様子を見せなくなった。もとの習慣に戻りつつあるのだろうか。

 Zはそれでよくても、私はそうはいかない。Zの足洗いが終わったのを見計らって、魔法瓶を浴室に持ち込む。スイッチの入らない電気シャワーのウォータータンクを恨めしげに眺めながら、魔法瓶から洗面器にお湯を流し込み、水を加えて温度調整をする。それから、ざぶざぶとお湯を浴びる。もともと弱いエアコンは、冷え切った浴室を暖めるまでに至らず、冷蔵庫のようである。寒い、寒い。

 なんとか洗い終えて、凍えた体を温めるべく、部屋のベッドに潜り込む。なぜだか、エアコンが全く効いていない。Zが「エアコンが止まっちゃったわ」と騒ぎ立てる。あんまりうるさいので、「ちょっとリモコンを見せてみろ」と言うと、しぶしぶこちらに寄越した。表示をみると、スイッチオフになっている。「Z~、リモコンをいじっただろ」と責めると、「ちょっとだけよ」と小さな声で答える。「今度はいじるなよ」と警告をして、エアコンのスイッチを入れた。数分後、エアコンが温風を吐き出し始めたのを見てほっとするZ。今度はテレビのリモコンに手を伸ばして、番組を探し始める。Zには特技とも言える癖があって、リモコンで切り替えながら、複数のドラマを同時に楽しむことができるのだ(一緒に見ている場合には甚だ迷惑なので、リモコンを取り上げる)。しかし、山の上とあって、番組が少なく、折角の特技を生かせない。「ここ、番組が少なすぎるわ」と口を尖らせて文句を言う。「だから、山の上のホテルはつまらないって言っただろ。Zが山の中でもいいって言ったんだからな」と言うと、口もとを曲げて、黙り込んだ。

 とにかく今日は疲れた。明日は武当山登りの本番だ。早く寝て、疲れをとることにしよう。

2006年2月1日


  6:40、起床。しばらくするとZが「寒い、寒い」と騒ぎ出す。お飾りについているような小型のエアコンだから、冷え込みが本格的になると、ほとんど役立たない。これだったら、民宿で、木炭やら石炭やらを燃やしていたほうが暖かかったとも思う。ただ、燃焼式の暖房の場合、中毒する恐れがあるから、夜中につけっぱなしというわけにもいかないだろう。朝は朝で、暖かくなるのに時間がかかるだろうから、部屋が暖まった頃には、出発の時間になってしまうだろうから意味がない。どこに泊まっても同じということか。

 7:15、部屋を出て、フロントまで下りる。だれもいないので、再三呼びかけていると、寝ぼけ眼で若い男性スタッフが出てきた。
 「カギを返すと、20RMBを返してもらえる約束になっているんだけど・・・」
 そう言って、カギを渡してやると、スタッフは何かを思い出す様子をみせた後、10RMB札を2枚寄越した。ボストンバッグの荷物を渡して、「ここに預けておけば、ふもとのホテルまで届けてくれるんだよね」と念を押す。スタッフはわかっているのか、わかっていないのか、うんうんとうなずくばかり。不安だ・・・。だが、こんな重いボストンバックを持ったまま山登りはできない。なんとか頼むよ。

 ホテルを出て歩き出すと、隣の建物からおじさんが出てきて、「朝食を食べていきなよ!」と声をかけてきた。トイレが心配だから、朝食は食べない。断ろうとして口を開きかけると、「食べる!」と後方からZの断固たる声が聞こえた。「食べるの。頂上に着いてからにしたら?」と説得を試みたが、「お腹空いて死んじゃうわよ」との一言で押し返された。言葉を継ぐ暇もなく、Zは食堂に足を踏み込んでいってテーブルに座る。食にかける意気込みは、私以上のZであった。

 わざわざ声をかけてきた割には、何の準備もしていなかったらしく、Zが注文したタマゴ麺はなかなか出てこない。十分ほどしてようやく出てきた麺を美味しそうに食べるZ。「はやく食べろよ。もう外が明るくなってきちゃったよ」。文句を言う私に、「そんなこと言うなら、私はもっとゆっくり食べるわよ」とZは意地悪で返す。「うぅ~」。地団駄を踏まざるえない。

 7:35、山登りを開始。せっかく早起きをしたのに、すっかり明るくなってしまった。入り口は、昨日行った「南岩寺」と同じである。階段を上がってすぐのところにある休憩所のところで道が分かれ、山登りとなる。勇む心と裏腹になぜか下り坂が続く。下った分、また上らなければならないのだから、いささか憂鬱だ。どこまで下るのか心配になる。それに、欄干がついていないから、朝露に濡れた石畳に足を滑らせたら一気に崖下まで落ちていきそうで恐ろしい。

【武当山<1>】

 

【武当山<2>】

 

 そんな私の心配をよそに、麺を食べて元気溢れるZは、30メートルぐらい先をぐんぐん歩いていく。すぐに最初のお寺が現れた。普段は開いているのだろうが、春節の早朝ということもあって、門は閉まったままである。幸い、迂回路が用意されてあったので、建物の脇をぐるりと回って先へ進んだ。

【武当山<3>】

 

【武当山<4>】

 

 寺を過ぎると、ようやく落下防止の欄干らしきものが現れた。これで、安心して歩ける。しかし、今日のZはペースが速い。どんどん先へゆく。

【武当山<5>】

 

 春や夏はどうなのかわからないが、この季節の武当山は、樹木の葉が全部落ちてしまっているので、いささか寂しい。江西省の三清山や湖南省の張家界のように、魅力的な巨石が並んでいるわけでもないし、江西省の廬山や広西省の端西のように渓谷の美しさを楽しめるわけでもない。しかし、麓を覆っている雲霞の風景は最高である。昨日もそうであったが、雲霞が河の流れのように山間を移動していく様は見るものの目を飽きさせない。

【武当山<6>】

 

  本格的な登りはなかなか始まらず、なだらかな石畳の道がのんびりと続く。簡単な朝食を食べさせる店や土産物屋がずらりと並んでいるが、半分ぐらいはまだ閉まっている。起きだしてきた店主たちが、思い出したように「朝食を食べていかないか?」、「○○はどうだ?」と声をかけてくる。

【武当山<7>】

 

 さらに進んでいくと、反対側から屈強そうな男たちがぞろぞろと歩いてきた。驚いて道を譲ると、「籠に載っていかないか?」と口々に言う。なるほど、籠担ぎのおじさんたちか。商売開始というわけだ。しかし、少なく見積もっても20人は下らない人数だ。こんなに籠を利用する人たちがいるのかと不思議に思う。足元はまだ雪が残っているし、籠に乗っていたりしたら、いつ振り落とされるかとひやひやものだと思うが・・・。

【武当山<8>】

 

  なだらかな道が終わり、本格的な登りに入る。もう石段の両脇も崖ではなくなり、怖くはない。だが、登りが始めってわずか十数分で、息が切れてきた。太り過ぎと運動不足のダブルパンチで体が重い。昨年旅行した湖南省と広西省では、山登りらしい山登りをしなかったから、一昨年行った「韶関」の「丹霞山」が一番ハードだったか?その時は、Zに負けていなかったつもりだったが、今日は全く追いつける気がしない。どうしたわけだろう。やっぱり、機会を見て、集中的に運動をする必要がありそうだ。

【武当山<9>】

 

【武当山<10>】

 

 9:20、土産物屋で、ミネラルウォーターを購入。休憩しているうちに、後から来た観光客たちにどんどん追い抜かれる。ちょっと情けない。じっくり休憩して再出発。足を石段に乗せて、さあ行くぞ!と気合を入れていると、リュックの後ろでごそごそと音がする。振り向くと、Zが自分の飲みかけのミネラルウォータを私のリュックの背中に付いている網袋にこっそり入れようとしているではないか。「駄目駄目!」。ペットボトルを取り上げて、Zのリュックの網袋に押し込む。Zは「ケチ!」と文句を言って、上り始める。危ない、危ない、ただでさえバテているのに、人の分のミネラルウォーターまで運ぶ余裕はない。危うく、してやられるところだった。待てよ、せっかくだから、私のミネラルウォーターをZに運んでもらうとしよう。こっそりZの後ろを追って、私のペットボトルをZのリュックの網袋に挿し込む。登るのに一生懸命なZは全く気づかない。シメシメ・・・。ペットボトル二つをリュックの背に挿し込んで石段を上がっていくZを、私は満足気に眺めた。

  続々とやってくる観光客たちに、次々と追い抜かれながらも、とにかく登り続ける。途中いくつか祠があるが、誰も立ち寄らない。余裕しゃくしゃくのように見えても、皆登るだけで精一杯なのだろう。

【武当山<12>】

 

【武当山<13>】

 

【武当山<14>】

 

【武当山<15>】

 

【武当山<16>】

 

【武当山<17>】

 

 しばらく登ったところで、再び休憩。Zのリュックに忍ばせたペットボトルに気づかれないように、水の補給を我慢する。ちょっと本末転倒な感じがしないでもない。Zは出発したくてうずうずしているようだが、「もうチョット待ってくれ」と頼む。なんだか今回の山登りは、休んでもあまり体力が回復しない。
 やっぱり年か?そんな心配をし始めた頃、親子3人の家族が登ってきた。小さな子供がぐずっている。どうやら、歩くのが嫌になり、おぶってと泣きついているようだ。父親は、左右の手に一つずつ巨大な醤油のタンクを下げていて、とてもではないが子供を背負える様子ではない。「俺は無理だ」と誰に言うともなく、繰り返し口にしている。母親は母親で、「もう私疲れたわよ。歩けないの?」と子供に向かって懸命に話し掛けている。しかし、あくまで泣きつづける子供を前にして、ようやく母親が折れ、子供を背に負って再び山登り開始。醤油のタンクをぶらさげた父親がそれに続いた。
 あの醤油のタンクは何なんだろう。山の上の食堂にでも届けるのか。だが、親子3人連れで来る必要はないだろう。親戚の家にでも行くのだろうか。ついでに子供の体力を鍛えてるとか?想像を逞しくするが、適当な説明が思いつかない。
 子供を背負いながらも、着実に登っていく母親を見て、私も重い腰を上げることにした。Zが待ってましたとばかりに、先を登っていく。完全に体力を回復しているようだ。何なんだ、この差は。次回山登りする時は、運動して体力を取り戻してからにしよう。そう決意する私だった。

【武当山<18>】

 

【武当山<19>】

 

【武当山<20>】

 

【武当山<21>】

 

   9:35、頂上がはるか高みに見える。果たして、私はあそこまで辿り着けるのだろうか。不安に襲われる。Zは休憩を繰り返す私を待ちきれず、自分だけでさっさと先に行ってしまった。時々上の方から「○○~!」と私の名前を呼んでくるが、それで私の登山スピードが上がるはずもなく、距離は開く一方である。そう言えば、私のミネラルウォーターはどうなったのだろう。まだZのリュックの背にあるのだろうか?

【武当山<22>】

 

  と、遠い。あまりにも遠い頂上だ。それに、周囲の風景が枯れ木だけというのは、寂しいなあ。やはり、春か秋に来たほうがいい山なんだろうな。

【武当山<23>】

 

 10:30、ようやく頂上手前の休憩所に到着。迎えに出たZが勝ち誇った顔をしてる。くっ、悔しい。悔しいので、リュックにこっそり挿し込んだミネラルウォーターのことを教えてやる。すると、「○○(私の名前)、ずるぃ~」と私を責めた。だが、余裕綽綽の表情だ。ふふっ、それぐらいのハンデは何ともないわという様子である。くくっ、今に見ていろ。そのうち、じっくり体を鍛えてだな、次の山登りの時は目にもの見せてくれるわい。

【武当山<24>】

 

 休憩所では、飲み物やカップヌードルが販売されていて、カップヌードルが特に大人気である。お湯付で一個5RMB。スーパーで販売している価格と比べると若干高いが、山頂であることを考えるとリーズナブルな値段である(空港では同じものが15RMBだった)。それでも、懸命に価格交渉をしようとしている客もいた。さすが、中国人、ハングリーだ。
 店の前に広げられたテーブルの上に大型のカップヌードルが山積みになっていたが、瞬く間に売り切れてしまう。店員の手によって、店の中から新しいダンボール箱が運び出され、開封。テーブルの上は再びカップヌードルの山。これの繰り返しだ。
 中国人が、日本人よりもカップヌードルをよく食べるとは言えない。しかし、日本では、カップヌードルはジャンクフードの一つで、カロリーは高いが栄養価の乏しい食べ物ととらえられているのに対して、中国では普通の乾麺等と同様に扱われているような気がする。だから、老若男女を問わず、皆が平気でカップヌードルを食べるし、幼い子供にも食べさせるのではないだろうか。もっとも、中国人に聞いてみたわけではないので、本当のことはわからない。

 せっかく上った山頂でカップヌードなど食べたくないが、それしか売ってないので、私もカップヌードルを購入。熱々のお湯を入れて、遅い朝食をとることにした。Zは、まだお腹いっぱいなのでいらないという。でも、ゆで卵を二つ買ってぱくついている。カロリーはあまり変わらないのじゃないか。

【武当山<25>】

 

【武当山<26>】

 

【武当山<27>】

 

 カップヌードルを食べて体が温まったので、頂上にある「金殿」へ上ることにした。狭い階段を大勢で登っていくので、込み合って大変だ。安全のために、両脇に太い鉄のチェーンが張ってあるのが救いだ。

  最初の階段を登ってすぐのところに、踊り場があり、石碑と仏壇がおいてある。亡くなった偉いお坊さんを祭るためのものだろうか。

【武当山<28>】

 

【武当山<29>】

 

 押し合いへし合いしながら、どんどん上へあがっていく。すぐに着くかと思ったが、意外に距離がある。

【武当山<30>】

 

 

【武当山<31>】

 

【武当山<32>】

 

【武当山<33>】

 

 11:「金殿」到着。入り口の辺りまでは無料だが、奥に入るには入場料が必要だ。普段は、20RMBらしいが、春節割引で、半額の10RMBだった。チケットを買って、奥へ入る。

【武当山<34>】

 

 狭い山頂に建てられたお寺に、続々と登山客が詰め掛けるので、金殿の中は人でいっぱいである。敷地をぐるりと回るのがやっと。

【武当山<35>】

 

 雲霞で、山の下の方はほとんど見えない。

【武当山<36>】

 

 金殿の中にあるいくつかの建物のうちの一つが格子に覆われている。その格子の向こうの壁の枠に上手に硬貨を置くと、何か良いことがあるらしい。皆、こぞって硬貨置きに挑戦している。私も挑戦。一回失敗して、硬貨を下に落としてしまうが、二回目で成功。さて、一体どんなご利益があるのだろう。

【武当山<37>】

 

  一通り景色を見て回ってから、裏の階段から降りていく。頂上の「金殿」はあれほど混んでいたのに、階段を下りていく人はほとんどいない。この道で良いのだろうかと不安になる。下に向かっている限りは問題ないとは思うが・・・。

【武当山<38>】

 

【武当山<39>】

 

【武当山<40>】

 

 妙に寂しげな道を通ったが、心配は杞憂に終わり、無事さきほどの休憩所にたどり着くことができた。ここから、下山用のケーブルカーまでは5分とかからない。「さぁ、降りよう!」とZに声をかけると、「私、カップヌードルを食べたい」と言い出したので、小休止をするはめになった。

 Zがカップヌードルを平らげるのを待って、出発。ケーブルカー乗り場までたどり着くが、すでに長い行列が出来上がっていた。長い時間待たされるのではと心配になったが、意外に早く順番が回ってきた。

 武漢の磨山のと同じ二人乗り用だが、箱型の密封式ケーブルカーなので、あまり怖くない(11:30)。

【武当山<41>】

 

 持っていた武当山の絵地図では、山の峰から峰へ移るような風に描かれていたが、実際にはひたすら下に向かって降りていくコースだった。

【武当山<42>】

 

 地図によると、このケーブルカーの先に駐車場があるようだったから、休憩所で私たちが食べたカップヌードルは、車で駐車場まで運ばれて、それ後ケーブルカーに載せられて頂上までやってくるのだろう。だから、あんなに安く販売できるのか。つまり、昨日考えたような、「楽々ルート」が存在するのだ。ほとんど徒歩がないから、山登りとは言えないかもしれないが。

【武当山<43>】

 

【武当山<44>】

 

【武当山<45>】

 

 しばらく経つと、ケーブルカーは雲霞の中に突入。

【武当山<46>】

 

【武当山<47>】

 

 もう白い靄以外は何も見えない。もっとも、見えても周囲は枯れ木だけだから惜しくはない。やはり山登りは、春、夏、秋の方が楽しい。冬だったら、どかっと降った雪景色が楽しめるぐらいのほうがいいだろう。もっとも、そんなに雪が降っていたら、登れないことのほうが多いかもしれない。

【武当山<48>】

 

【武当山<49>】

 

【武当山<50>】

 

  12:00、ケーブルカーを下車。十数メートル歩くと、そこに駐車場があった。さっそく、客引きの声がかかる。ふもとまで、15RMB/人だという。ふもとまでの間にも、観光できる場所がたくさんあるはずだ。それらに寄ってもらうといくらになるか?もっとも、これだけ霧が深いとほとんど何も見えないにちがいない。まっすぐふもとまで下ってもらったほうがいいか?Zに尋ねると、「今日はもう満足」とのことなので、どこにも寄らず、ふもとまで下りてもらうことにした。もちろん、荷物が届いているはずのホテルまでということだ。運転手が快くOKしてくれたので、乗車。
 ふもとまで15RMB/人は安いなと思っていたら、乗合だった。考えてみれば、上ってくるときも、乗合だった。しばらく待っていると、運転手がどこかで見かけた家族を連れてきた。昨晩、ホテルのレストランで隣のテーブルを囲んでいた父と母と子の三人家族である。彼らが乗車すると、車は走り出した。

   「あのカップヌードル、高すぎるわよ。それに○△×、×■○・・・・」
 親子連れの奥さんが、あちこちの料金のことについて夫に愚痴を言っている。5RMBのカップヌードルにケチをつけるぐらいだから、相当シビアだ。一通り文句をいい終わった後、「でもまぁ、これだけのお金で旅行できたんだから、今回の旅行は成功と言えるわね」と締めくくった。夫はただただうなづくのみである。
 奥さんはまだ若い。こんなに口が達者な奥さんをもらったら、大変だろうなぁ。しかし、内向的な夫だったら、かえって相性が合うのかな?そんな風に考えながら夫婦のやりとりを聞いているうちに、ホテルの料金について話しているのに気づいた。これだけシビアな奥さんだ。もしからしたら、私たちよりも、安い料金をゲットしているかもしれない。念のために聞いてみよう。
  「昨日いくらで泊まったんですか?」
  「160RMBよ」
  「全部で?」
  「そうよ」
  「カギを返すと20RMB戻ってくるんでしょ」
  「なんか、そんなことを言ってたわね。あんなの払わなかったわ」
 どうやら、キーのデポジット代を払わずに済ませたらしい。そうすると、私たちより20RMB安く泊まっているのだ。そう言えば、領収書の金額をみていなかった。慌てて財布から取り出して開いてみると、180RMBと書いてある。あの時、私が払ったのはキーのデポジット代を含めて200RMBだ。つまり、あの太ったおばさんが20RMB抜いたのだ。ちょっと悔しいが、領収書をきちんと確認しなかった私のミスだ。それに、領収書にケチをつけても書き換えられただけのことだろう。まぁ、このシビアな奥さんと私が同じレベルの交渉ができるわけもない。今回のことは教訓として記憶しておくとしよう。

 12:50、ふもとの「老営飯店」に到着。
  「いらっしゃいませ~」とフロントの女性スタッフたちが笑顔で迎えてくれた。
 しかし、「上のホテルで預けた荷物をとりに来ただけなんだけど・・・」と説明をすると、途端に興味をなくしたかのように無表情になった。そして、「まだ届いていません。ちょっと待っていてください」と返事を寄越した。

 やむなく、ロビーにあるソファに座って待機することになった。
 「なんだ、これだったら、駐車場からホテルに荷物を取りに戻ったほうが良かったな」とZと二人で顔を見合わせる。それにしても、ここは寒い。山登りの最中は邪魔になるからと厚手の服は、預けたボストンバックに入れてきてしまった。荷物が早く到着するといいのだが。

 30分経過。Zが「どういうことよ!」と怒り始める。とりあえずなだめるが、とにかく寒い。「ちょっと外をぐるりと回ってくるよ」と言って、Zをロビーに残して、ホテルの外へ出た。

【武当山を下山後<1>】

 

 通りに沿って歩いて見るが、春節とあってろくに店が開いていない。数十メートルほど歩いても何も珍しいものがないので、露店で焼き芋を購入した。ほかほかの焼き芋を食べながらZのところに戻ると、「私も欲しい!」という。Zは私以上に選り好みが激しいから、彼女の分は買ってこなかったのだ。やむなく、もう一度露店のところまで戻って焼き芋を手に入れた。足早にロビーまで戻って、二人で焼き芋を頬張る。

 焼き芋パワーでいったん体が温まったが、寒さはじわじわと染み込んでくる。とうとう一時間が経った。Zの怒りが爆発。「どういうことよ。私たち凍え死んじゃうわ。一体、荷物はくるの、来ないの!」とフロントのスタッフに詰め寄る。慌てたスタッフは老板(ボス)を電話で呼んだ。
 やってきた老板(ボス)は、「もうすぐ来るから。もうすぐ来るから」と懸命にZとなだめて外へ出て行った。

 ところが、その二十分待っても音沙汰なし。「もう許せない!電話して文句いってやる」とさきほど老板(ボス)が置いていった名刺を取り出して、猛然と番号を押した。
 「どういうことよ。さっきすぐに来るっていったじゃない。信用を何だと思ってるのよ!」と火山が噴火したかのような勢いでまくし立てた。老板(ボス)の言い訳の声が聞こえる。Zが電話を切ったので、「どうしたんだ」と尋ねると、「すぐに戻ってくるって」といまいましそうに言う。
 5分ほどして、老板(ボス)が登場。ホテルの駐車場に停めてあった車のそばに立ち、ジェスチャーで、今すぐとってくるからと全身で合図をしている。Zが、「一言いってやらなきゃ気がすまないわ!」とロビーから出て、大声で老板(ボス)に向かって、さきほど電話でまくし立てたのと同じことを怒鳴り散らした。老板(ボス)は逃げるようにして、車に乗り込み走り去った。

 30分後、老板(ボス)が戻ってきた。「バス停まで送るから、すぐに車に乗ってくれ」と言う。車に乗り込んで、荷物を確認する。ちゃんとある。車が走り出し、老板(ボス)は平謝り。「ほんとーにすまなかった」と何度も繰り返す。老板(ボス)の低姿勢な態度に、あれほど怒っていたZも機嫌を直した。「まぁ、いいわよ。わかってくれれば」と鷹揚な態度だ。車中にぷんぷんと漂う酒のにおいは気にならないようだ。このおっさん、相当飲んでるよ。こんなに飛ばして大丈夫か? 

【武当山を下山後<2>】

 

【武当山を下山後<3>】

 

 14:50、バス停着。バス停と言っても、プレート一つ置いてあるわけではない。ただ、十数人の男女がたむろっているだけである。彼らに混じってバスを待つ。ちょうどインターチェンジと武当山の出入口が交差する場所とあって、次々とバスがやってくるが、近くの「十堰」行きの車両ばかりで、「襄樊」行きは一台も来ない。

 私たちが疲れきったのを見透かしたかのように、隅に停まっていたバンから運転手が下りてきた。「一人○○RMBでいいから、乗っていかないか?」という。バス代よりは高いが、まずまずの金額だ。「俺たち二人だけでいいのか?」と聞くと、「いや、それは駄目だ。8、9人ぐらいは乗ってもらわないと・・・」と語尾を濁す。
 「だったら、乗らない」と断った。全く知らない土地まで数時間もバンに乗合では、とてもではないが怖すぎる。どこか山の中に連れて行かれても途中で降りるわけにもいかないし、次々と皆が降りていって支払いを全部もたされる恐れもあるからだ。
 運転手は私たちの説得をあきらめて、一群の男女のところへ話しを持ち掛けに去った。運転手と家族グループの一つとの交渉が始まる。ひと家族だけでは、人数が足りないらしく、アベックも加わっての交渉だ。「高い、高すぎる!」との声がこちらまで聞こえてくる。数人が同時にしゃべって各々要求を述べ立てているので、あれで話がまとまるのかと不思議なくらいである。
 みていると、一人一人の負担を下げるために、さらに別のアベックにまで声をかけ始めた。どうみても10数人にはなっている。全部乗ることができるのか。何組か声をかけているうちに、一組が話しに乗ったらしく、ようやく交渉がまとまった。
 小さなバンに、折り重なるようにして、乗り込んでいく。果たして、全員乗れるか・・・。興味津々で見守っていると、突然、大きなどよめきが聞こえ、次々と下車してきた。どうやら、諦めたようだ。いや、トライしてみるだけでも偉いよ、君たち。その根性はすごい。

【武当山を下山後<4>】

 

 運転手はそれでも諦めず、別の家族に声をかけていく。終いにもう一度私たちに声をかけてきた。Zは待ちくたびれたらしく、「○○(私の名前)、乗っていこうよ・・・」と私を説得しようとする。しかし、「駄目だ。もう4時近い。どんなに急いだところで、『襄樊』に着いた頃には真っ暗だ。ホテル選びをする余裕もないだろう。それだったら、少々遅くなっても正規のバスで行ったほうが安全だ」と拒否した。Zも納得したらしく、「残念ねぇ」とか言いながらも諦めてくれた。

 16:15、ようやく、「襄樊」行きのバスがやってきた。どどっと乗客が押し寄せる。私たちも必死になって席を確保した。肝心のバス代はいくら?大勢の声がざわめいているので、チケット売りの姉ちゃんの声が聞こえない。そのうち、「40RMBみたいよ」とZが言った。私も必死でヒアリングをする。確かに40RMBのようだ。
 しかし、そこで、ひと悶着が起こった。皆が席に着くまで、ずっとドアのところにへばりついていた貫禄のあるオバサンが、チケット売りの姉ちゃんに何かを話し掛けた。方言なので全くわからない。機関銃のようなやりとりが二人の間で交わされる。ときどき運転手も口をはさむ。
 「何言っているんだ?」とZに聞くが、「知らない。わからない」で終わり。
 最初は勢いのよかった姉ちゃんだったが、オバサンのパワーに負けたのか、降参したかのようにため息をついた。オバサンが自信たっぷりの様子でバスに乗り込み、バスは出発した。

 バスはしばらく走ると、バス・ステーションらしき場所の前で停車した。オバサンが勢いよく下車していく。チケット売りの姉ちゃんが後に続く。
 数分ほどで、姉ちゃんが戻ってきた。
 「料金が45RMBになったわ」と告げる。
 途端に騒ぎ始める乗客たち。姉ちゃんが「○×▲○■・・・・」とまくし立てる。しばらく耳を傾けていたZが、「さっきのオバサン、バス・ステーションの部長さんなんだって。お金を払わないと法律違反になるから、45RMBになったらしいわ」と教えてくれる。さらに聞くと、「それでも、正規のバス・ステーション発のバスに乗るよりも安いらしいわ。春節の特別便だから、もっと高くなるんだって」とのこと。
 なるほど、・・・。まぁ、5RMBぐらいだったら、不満もない。それよりも、せっかく待ったこのバスが正規のバスでなかったことが気になるよ。だいたい、その5RMB分って、バス・ステーションの収入になるのか、あのオバサンの個人収入になるのか?是非尋ねてみたい。

  私たちと違って、シビアな他の乗客たちは不満たらたらの様子だったが、他に選択肢もなく、結局運賃に同意したので、バスは無事走り始めた。

この旅は「襄樊探検記」に続きます。ご興味のある方は是非ご覧になってください。